第四話 仕掛けられた罠の裏側
時は、第二皇子誕生祭の夜会まで遡る。
ゼフィールとオルフェウスが夜会会場から退出する間際、オルフェウスが小さく悪態をついたことをゼフィールは聞き逃さなかった。
オルフェウスが一瞬視線を向けた先には、壁際に佇むピンク色のドレスの令嬢がいた。
彼女こそが、ツギハギ令嬢という異名を持つロザンヌだった。
セレスティアに成り代わろうとし、オルフェウスやアルセリオン、ゼフィールにまで思いを寄せている、モンテル男爵家の令嬢である。
彼女は、自分が憧れる人に近づく令嬢へは、他国の令嬢であっても激しく嫉妬し、排除しようとする。
国の不利益にしかならず、皇家より忠告が入っても少しの間なりを潜めるだけだった。
だが、そんな彼女も国内の膿を出すための浄化対象として名が挙がっていた。
ゼフィールの計画では、彼女の処遇は、まだ先になる予定で、監視に留めていた。
ところが、ロザンヌは自ら浄化作業の渦中に飛び込んできた。
◇ ◇ ◇ ◇
マルクたちが動いた報告を受け、ゼフィールたちは隠密行動用のローブを身に纏い、皇都の外れにある高級社交サロン黒薔薇館に潜伏していた。
表向きは高位貴族たちが夜な夜な集う華やかな社交場だが、その実態は機密情報の売買や、違法なハニートラップが横行する無法地帯である。
そして今、館の一室には、黒薔薇館の接客係・黒薔薇姫エリナの容姿になったロザンヌが、何も知らずに押し込まれていた。
ロザンヌは、ゼフィール達の協力店ルヴォワールに現れた。
そこで、エリナの顔になり皇都を遊び歩いていたとき、エリナ本人と間違えられ、黒薔薇館に連れてこられていた。
マルクを誘い出す餌として、あらかじめセレスティアに似ている女の存在を噂として流していたのだ。
その噂に有象無象が引っ掛かり、ロザンヌまで引き寄せた。
肝心のマルクも、やっと動いてくれた。
今日の捕物で、危険を冒してもセレスティア本人にエリナになることを頼むか逡巡していたが、ちょうど良くロザンヌがエリナとなり、館にまで来たのでそのままエリナとして利用することにした。
魔導具の監視鏡を通し、ゼフィールたちは隣室からその様子を観察していた。
ロザンヌが押し込まれた部屋に居たのは、もちろんソルヴェ侯爵家の三男、マルク・ラゥ・ソルヴェ。
表向きは爽やかで人気の貴族令息だが、裏では他国のスパイと繋がり、セレニア公爵家の影響力を削ごうと画策している売国奴だ。
その上、セレスティアを我が物にしようと企む一人だった。
「本物は誰も触れることのできない、帝国一の白薔薇姫……いや真紅かな。あんなオルフェウスみたいな小僧にやるにはもったいなさすぎる」
マルクは、普段見かける爽やかさとはかけ離れた、ねっとりとした欲にまみれた笑みで、ロザンヌを舐め回すように見つめ、低く笑った。
「あのセレスティアの身代わりとしては、色んな用途に使えるか……まずは、本物を連れ去ってお前と入れ替えよう。その後、君も僕のもとに戻っておいで。本物も偽物も大切にしてあげるよ」
マルクの姿を見たときから、全身から負のオーラを出していたオルフェウスが、早くも我慢できなくなっていた。
「あいつ、叩き斬ってやる!」
「辛抱しろ! 護るためだ!」
ゼフィールの言葉に、オルフェウスはギリリと音がするかと思うほど唇を噛んだ。
マルクのあまりにも短絡的で身勝手な計画に、ゼフィールとオルフェウスは腹が立って仕方なかった。
本物を誘拐して偽物と入れ替えるなど、絶対に許せるはずがない。
そう考えるように仕向けたのは自分たちとはいえ、目の前でセレスティアを侮辱されて正気でいろというほうが無理だった。
マルクはロザンヌに強引に膝枕をさせると、うっとりと独り言のように、いかに自分がセレスティアにふさわしいか、そして自身の売国行為の証拠となる国家機密に関わる暴言を、次々と漏らし始めた。
部屋中に仕掛けられた録音・録画の魔導具があるとも知らずに。
「おい、オルフェ。あの令嬢、あれだけ犯罪の話をされてても気付いてないぞ、どうなってんだ?」
「あんなんだから、売国奴が簡単に口を滑らせる、生きた盗聴器としては上出来だろう」
オルフェウスの目は氷のように冷たかった。
先程から、マルクがぽろぽろと漏らす言葉の内容の中に、いかにしてセレスティアを我が物とするかが、度々出てくる。
そのたびにオルフェウスから冷気が漂って、監視しているゼフィールたちは冷気に困っていた。
マルクが決定的な密約の証拠となる言葉を吐き出した瞬間、ゼフィールは手元の魔導具を起動させた。
「よし、証拠はすべて記録した。突入だ」
サロンの各所で、あらかじめ仕込んでおいた「火事だ!逃げろ!」という偽の警報と爆破音が鳴り響く。
部屋の外からの怒号に、マルクはチッと舌打ちし、ロザンヌを突き飛ばして我先にと逃走した。
所詮セレスティアの偽物には、そんな態度になるよな、とゼフィールたちは妙に納得しロザンヌに同情せずにはいられなかった。
残されたロザンヌも、恐怖に顔を引きつらせながら、必死にサロンから走り去っていく。
だが、さらに最悪な行動をマルクはとった。
彼は逃げ去るときに、混乱に乗じて火をつけた。
自分がこの場にいた事も、身代わりにしようとしたエリナごと消してしまおうと考えたのか、真意は誰にもわからなかった。
ゼフィールは偽の撹乱で、その場でマルクとロザンヌを捕獲しようと思っていた。
それなのに、マルクが人知れず火をつけたため、黒薔薇館は本当の火災に見舞われることとなった。
館内の者を避難させることが優先となったゼフィールは、この場でのマルクたちの捕縛は諦め、追跡監視をつけることに切り替えた。
マルク以外にも、予想だにしなかった行動をロザンヌもとっていた。
火事から避難したと同時に、馬車を拾い、クラヴィス公爵邸へと向かった。
「オルフェ! あの女がクラヴィス公爵邸へ向かった」
「はあぁ?! なんで?」
「知るか! おそらく狙いはお前だ! 返り討ちにしろ、こちらもその間に対処する」
「俺まだ、怒りが収まってないんだけど!」
わめきながら、オルフェウスは急ぎ自身の邸へと向かうはめになった。
◇ ◇ ◇ ◇
オルフェウスは、ふつふつと腹の底に溜まった怒りが収まらない状態で急ぎ自邸に戻った。
幸いにもロザンヌより先に戻れたため、理解不能な令嬢を迎え撃つ準備を整えることができた。
クラヴィス公爵家の重厚な雰囲気の漂う客間。
使用人たちが「セレスティア様が来られた」と勘違いして門を通してしまった偽物を、オルフェウスは静かに待っていた。
人払いは万全だった。
やってきたのは、胸元が大きく開いた派手なドレスを纏ったセレスティア……に似た姿をした、歪んだ羨望を撒き散らす偽物だった。
(この姿を見て疑問に思わなかったのか? うちの使用人たちは再教育が必要だな……)
オルフェウスは、見れば見るほど怒りが湧いてきていた。
見た目だけは、確かにセレスティアに似ていた。
だが、歩き方、姿勢、そして何より違うのは、オルフェウスを見る品性のない、欲望にぎらつく、濁った下卑た瞳だった。
「で、セレスは今日はどうしたの? 何か問題でも起きたの?」
オルフェウスはあえて騙されている振りをし、十三歳らしからぬ極上の優しい微笑みを浮かべて、その顔を覗き込んだ。
ロザンヌはそれだけでうっとりと目を細めている。
「!!いや、あの……」
「えっ? セレス? いつもと声違うね? 風邪なら良い薬があるよ」
オルフェウスは懐から紫色の液体が入った怪しげな小瓶を取り出すと、テーブルに置いてロザンヌへと差し出した。
「これね、流通してない新薬なんだ。飲ませてあげようか?」
甘く、とろけるような声で誘うように言ってはいるが、オルフェウスの心臓は完全に凍りついていた。
薬を口に含む仕草で、飲み方を教えてみる。
もし、これが本物のセレスティアであれば、この時点で
「飲み方なんて知ってますわ」
と、扇でオルフェウスの頭を思い切り叩いているだろう。
あるいは
「なら、あなたが先に毒見をなさい」
と、オルフェウスの口に、その怪しい瓶を無理やりねじ込んできただろう。
彼女はそういう苛烈さと誇り高さを持った、気強くも愛おしい人だった。
しかし、目の前の偽物はどうだ。
飲み方を教える仕草を、あろうことか口移しで飲ませてもらえると勘違いしている。
嫌がる素振りも見せず、嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべ、物欲しげに待っている。
あまりの見当違いと気色悪さに、オルフェウスの心はさらに底冷えが進んだ。
ロザンヌが勝手にうっとりと目を閉じている隙に、オルフェウスはソファに寝そべった。
手元で騎士たちに合図を送る。
気配を消して配置されていた騎士たちが、音もなくロザンヌの周りを、剣を向け取り囲んだ。
そこからは、目を開けたロザンヌのしつこい弁明の茶番が始まった。
「自分はセレスティアだ」と言い張る彼女に、オルフェウスは完全に呆れ果てていた。
人が醸し出す空気も何もかもが違うのだ。
騙されるわけがなかった。
やっと追い出せるかと思ったら、
「あなたの運命の女は私なのよ。私を選ぶことになるわ」
と、妄想甚だしい捨て台詞を残し、土産でも持ち帰るかのように焼き菓子を持ち逃げし、口にまで頬張ったことに、オルフェウス達は完全に毒気を抜かれた。
ロザンヌが出て行ったあと、令嬢としては、ありえないものを見せられた騎士たちのざわめきは、止まらなかった。
「あいつ、本当に一体何しに来たんだ?」
と、オルフェウスは乱雑に散らかってしまったテーブルの上を見ながら呟いた。
そして、
「あとは頼みますよゼフィール殿下」
と、自分にはもう手に負えないとばかりに、ゼフィールに託していた。




