第三話 暴走するツギハギ令嬢
皇都近くの閑静な貴族街。
火事の喧騒から逃げだしたロザンヌは、クラヴィス公爵邸に来ていた。
今のロザンヌの顔は、まだ期間限定のレンタルフェイス。
セレスティアだと思って借りたのに、セレスティアによく似た、エリナという名の高級社交サロンの接客係の顔だった。
セレスティア本人ではなく、高級社交サロンのエリナという女の顔だと知ったが、ロザンヌにはどうでもよかった。
この完璧な美貌さえあれば、あと少しの有効期限内にオルフェウスを籠絡できるはずだ。
ロザンヌの狙いは、セレスティアの婚約者である、クラヴィス公爵家嫡男、オルフェウス・リュシール・ラゥ・クラヴィスだった。
ロザンヌとセレスティアは同じ歳なのに、彼女たちより四歳下のオルフェウスを婚約者としているセレスティアが、気に入らない。
セレスティアがなれるのなら、自分だってなれる、きっかけさえあれば私なのよと変な思い込みをしていた。
問題は家の爵位の差だけ。
そんなのどこかの高位貴族家の養女になれば解決でしょ、と彼女は楽観視していた。
現実は身分的にも手の届かない人。
そんな彼でも、この顔なら……話もできる。優しく甘く語らってくれるだろう。
ちょっと迫れば……あわよくば色々上手くいくかもしれないと妄想していた。
この顔なら、どんな男でも手に入るという思い込みが、ロザンヌにはあった。
過去、ロザンヌがロザンヌの姿の時、セレスティアの真似をした会話や仕草で、ある子爵令息を虜にしたことがある。
その令息は、隣家の令嬢の婚約者だった。
ロザンヌがその令息を相手にすることはなかったが、子爵令息はロザンヌに夢中になって面倒なことになった。
けれど、今はこのセレスティアの顔だ。
あの時以上の色仕掛なら高確率で、どんな獲物でも虜にできると思っていた。
もしくは、すでにセレスティアとオルフェウスは親密な関係かもしれない。
ロザンヌは下卑た妄想をふくらませ、淡い期待を抱いてやってきていた。
(何もなくても既成事実をでっちあげれば、いくら公爵令息とはいえ責任をとることになるわ)
(私のことをセレスティア様だと信じきっている彼が、気づいた時、元の姿に戻った私。完璧だわ)
ロザンヌは、名案にゾクゾクし、自然と笑みがこぼれた。
己の妄想計画のいびつさを、自覚できるほどの頭脳は持っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
邸に入り込むのは無理かな?と思っていたロザンヌだったが、拍子抜けするくらい簡単にクラヴィス公爵邸内に入り込めた。
クラヴィス公爵邸の前まで来ると、セレスティア(ロザンヌ)の姿を見ただけで、使用人たちがオルフェウスへと急いで繋いだのだ。
ロザンヌは一言も話すことなく、客間に通された。
(突然の訪問なのに、さすがセレスティア様だわ)
(高貴な者は、声など発しないのよ)
何も話さずとも、恭しく扱われることに気分が良かった。
(私が、ここの女主人になったら、これが毎日になるのね)
「で、セレスは今日はどうしたの? 何か問題でも起きたの?」
ロザンヌが、いまだ妄想の海にいる間に、客間に入ってきたオルフェウスがロザンヌの顔を覗き込んでいた。
「!!いや、あの……」
「えっ? セレス? いつもと声違うね? 風邪なら良い薬があるよ」
(声出しても疑わないの? やはり、この顔は完璧だわ)
オルフェウスは懐から紫色の液体が入った怪しげな小瓶を取り出すと、テーブルに置いてロザンヌへと差し出した。
「これね、流通してない新薬なんだ。飲ませてあげようか?」
からかうように、オルフェウスがいたずらを仕掛ける空気で語りかけた。
かと思うと、ロザンヌが見たことのない妖しい空気を醸し出し、薬を口に含む仕草で示してくる。
(口移しで飲ませてくれるということ?)
こうやって飲むんだよという仕草を、ロザンヌは勝手に都合良く解釈した。
願ってもない好機が向こうから転がってきたと、ロザンヌは一も二もなく、笑みを浮かべ、コクンと深く頷き、目を閉じた。
だが、いつまで待っても何も起こらない。
冷たい金属の音が聞こえただけだった。
ロザンヌが恐る恐る目を開けると、ひどく冷めた瞳でロザンヌを見つめる騎士たちに、取り囲まれていた。
オルフェウスも手には剣を持ち、ソファに寝そべっていた。
「オルフェウス様?」
何故、自分の周りに騎士がいて、剣を向けられているのか……
ロザンヌは思考が追いつかなかった。
(あれ? 甘い夢は? 口づけは?)
「茶番に付き合うのも飽きた。さっさと出ていってくれ」
オルフェウスは、大きな欠伸をしながら、ロザンヌへ手でシッシッと追い払う仕草をした。
「何をおっしゃっておられますの?」
「何か他に大きな策略があるのかと泳がせて見たけど、他に何もなさそうだね。単独犯みたいだし」
「わたくしはセレスティア・リューネ・ラゥ・セレニアですわ」
「はいはい。誰も騙されないよ。似てないもん」
(はあ 似てない? 完璧よ)
(さっきもセレスティア様の代わりとしてソルヴェ侯爵令息に迫られたのよ)
ロザンヌは、見分けがつく、瓜二つではないと言われたことも、この顔が黒薔薇姫エリナだということも忘れていた。
「何一つ似てないよ。中身も空気も違う。仕草を真似ようが所詮は猿真似だ。咄嗟の対応、反応は真似なんてできないんだよ」
「わたくしはセレスティアですわ」
ロザンヌはオルフェウスに抱きつこうとしたが、すんでのところでかわされ、床につんのめるように倒れた。
「しつこいね君も……セレスティアで籠絡しようとしたんだろ?」
「何を仰いますの? わたくしがあなたを誘惑することの、何がいけないのかしら。 さあ、わたくしを好きになさい」
もう破れかぶれだった。
「セレスティアなら、俺が薬を飲ましてあげようかってふざけた時点で、君みたいな勘違いはしないよ。『飲み方くらい知ってますわ』って、扇で殴ってくるよ。そんな人なんだよ」
(ありえないわ! 暴力女なの? あの女はそんな事しないわ)
オルフェウスがとても大きくため息をついた事で、ロザンヌはうるうると見上げる瞳も効果がないと気付いた。
「ほんと馬鹿馬鹿しい。俺を籠絡できたとしても、伴侶にはなれないよ」
「えっ? 責任も取らないんですか?」
「君は男爵令嬢だろ。あまり侯爵家を舐めるなよ。君の行動なんてバレてるよ。俺の意志がない限り、何が起きようと金で解決されるに決まってるだろ。金で解決出来なければ君は消されるよ。それに籠絡女の目は濁ってるからね、見分けがつくよ」
ロザンヌはがっくりとうなだれた。
なぜか正体がバレている怖さと、ささやかな夢さえ叶わないのかという想いで小刻みに震えていた。
「命があるうちに出ていけ。セレスティアに成り代わろうなんて二度と考えるな!」
冷徹な一喝に背筋を凍らせながらも、ロザンヌの歪んだプライドはまだ折れていなかった。
彼女は客間を出ていく直前、あてつけのようにテーブルの上の焼き菓子を掴めるだけ掴んでハンカチに包むと、オルフェウスへ不満げな目を向けた。
「あなたの運命の女は私なのよ。私を選ぶことになるわ」
そう言い残し、さらに焼き菓子を一つ素早く口に放り込む。
そして内心の恐怖を隠すように、無理やり背筋を伸ばして堂々とクラヴィス公爵邸をあとにした。
令嬢としてありえない行動に、剣を構えていた騎士たちは呆気にとられ、「そんなにお腹が空いていたのか?」と完全に毒気を抜かれていた。
「あいつ、本当に一体何しに来たんだ?」
オルフェウスは、嵐が去った後のように乱雑に散らかってしまったテーブルの上を見ながら、深く大きなため息をついたのだった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
本日、夕方18時頃にも投稿致します。
それにて完結となります。(全六話)
楽しんでいただけますと幸いです。




