父との再開③
カルミ―ナが父娘の久しぶりの出会いを果たした夜。
ベラミールはシャワーを浴び、碇谷から借りた黒ジャージに着替えた。
タオルを首にかけ、さっぱりした表情でカルミーナからもらった解凍したばかりの血液を飲み干す。
『ふう……!生き返る心地だ。しかし何だろう?この血の味は……何か後に引く旨味が舌に残る……』
『お父様。それはこれを入れたのよ』
そう言ってカルミーナは味の素の瓶を見せる。
『な、何だそれは!血液に混ぜ物をするのか?』
『うま味調味料よ。人間はこうやって食料の味の改善を図ってきたの』
『ふむ。新しい発見だな。人間から直接血を吸っていれば絶対に味わえない味覚だ』
『そうなの。またアルコールをカクテルした血も試してみて。最高だから』
『ありがとう……娘よ。しかし、私は明日の晩には出て行こうと思う』
『え!一体何言ってるの!』
『お前の元気な顔を見られた。もう十分だ』
『会ったばっかりじゃない!』
『色々迷惑をかけた。これ以上長居して、碇谷どのやお前に負担をかけるわけにはいかん』
『ちょっと待って!出て行って一体どうするつもりなの!』
『なあに。こう見えても頑丈でな。どうにかなるだろう』
『ハァ……要はノープランてことね……ちょっと待ってて』
カルミ―ナは2階の碇谷を呼び出した。
「ねえ……泰造さん。父は……ここを出ると言ってます」
「何だと!2階の物置部屋から荷物をどければ、親父さん一人ぐらいは何とかなるぜ」
「それが……私たちに迷惑をかけたくないって……」
「そんなこと言ってもなあ……。今のまま親父さんが飛び出して行っても、あの臭い女吸血鬼みたいになっちまうぜ」
「そうなんです。何かいい手はないかしら?」
「う―ん。そう言われてもな……。そうだ!黒薔薇男爵にお願いしてみたらどうだ?」
「ロ―ズ・ブラッド!?」
「ああ。あそこなら親父さんを住み込みで働かしてもらえるかもしれないぜ」
「なる程!ヴァンパイアウェルカムですものね。ただ……」
「何だ?」
「あそこのコンセプトはレディ・ヴァンパイアの園 なんですよ。中年男性の吸血鬼なんて相手にしてくれるかしら?」
「まあ言ってみなくちゃわからねえよ!銀城に電話してみるわ!」
「は、はい」
その場ですぐにスマホを鳴らす碇谷。
数分ほど会話して電話を切る。
「明後日の夕方来てくれってよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
カルミ―ナは嬉々としてこの事をベラミールに話した。
『なに!お前の職場だと?』
『そう!願っても無い話よ。お金も稼げるし!それに、住みながら難民申請をかけるの。上手く行けば居住権が貰えるかも!』
『しかし……私などが役に立てるかどうか……』
『役に立てるかとかじゃない!とにかくお願いするの!私も一緒に行ってあげるから!』
『う……うむ……分かった……』
渋々うなずくベラミール。
明後日、ヴァンパイア父娘は赤い夕日に染まるロ―ズ・ブラッドの前に立っていた。
ベラミールの燕尾服はきちんとクリーニングがかけられ、散髪して頭髪も整えられている。
『何だろう……この建物の雰囲気は。気分が落ち着く。わがブランシュテイン城の離宮のようではないか!』
『でしょ!私も最初に見た時は驚いたもの!』
『この様な物を日本の街中で作り上げるとは。一体どの様な御仁であろうか……』
『まあいいから入りましょう。話はそれからよ!』
カルミ―ナはドアを開いた。
中に入った瞬間ベラミールは我が目を疑った。
エントランスにはレディ・ヴァンパイア・メイドがずらりと並び、中央には満面の笑顔を浮かべた銀城がマントを広げて薔薇の裏地を見せ付けた。
『ようこそ我が館へ!ヴァンパイアの王よ!』
ベルランド語である。
『カ、カルミ―ナ……ここは同族の館なのか!?』
『違うわよ。全員人間です』
『それに……あれは故国の言葉ではないか!』
『最近私が教えてるの。店長にせがまれて……さあ!いくわよ』
カルミ―ナは目を白黒させている父の手を引いて奥に進む。
ベラミールは奥の応接室に通された。
『国王陛下。色々と大変でございましたな』
銀城はなめらかにベルランド語をあやつる。
ヴァンパイアオタクである銀城が吸血鬼の故国の言葉にのめり込んで数年。
今ではカルミーナも舌を巻くレベルである。
『そうお呼びいただくのはありがたいが、私はもう国の主ではありません』
そう言ってベラミールは照れ臭そうに頭をかいた。
『何をおっしゃいます!憎きは一方的に侵攻したロゼリア帝国ではございませんか?何故隣国はかような暴挙を犯したのですか?』
『あそこの皇帝とは永らく友好関係にあったのです。しかし政権が変わったようですな』
『政権が替わる?クーデターですか!』
『旧民に聞いたところでは、それに近いもののようです。キリスト教原理主義の政党が議会を握り、皇帝から政権を剥奪したようですな』
『しかし……それがなぜ?』
『彼らの教義では、吸血鬼は存在が許されぬ呪われた悪魔と定義づけられているようです。それで《解放戦争》と称して我が故国に介入してきたのですよ。そして巨大な軍事力を背景に我が娘を追い出したのです。わたしはその時は恥ずかしながら洞窟の奥底で眠っておりました。誠に情けない……恥ずかしい……』
ベラミールはまなこに手を当てて嗚咽した。
『もう……!お父様!泣かないでよ!こんなところで』
『まあ待ちなさい。王の悲嘆はよく理解できる』
『でも……すみません……』
『ヴァンパイアを敬愛する私としては王を放置することはできない。我が館にお迎えしようじゃないか!』
『本当ですか!』
『ああ。ちょうど女性客の開拓も視野に入れようと思っていたところだ。しかし軽薄な若い男ではつまらん。まずは王のような威厳のあるヴァンパイア こそ新しい試みの始まりにふさわしい』
『ありがとうございます!よかったね、お父様!』
『ただし王よ!我が館で働く以上、接客を含め様々な業務は覚えて頂かなくてはならぬ』
『お世話になる以上は当然です。ビシビシしごいてくだされ!』
『うむ!それと店内では《吸血鬼 らしく》振る舞って頂かなくてはならぬ。よろしいか?』
『??……。もちろん……ですが……』
キョトンとするベラミール。
カルミーナはそんな父親の顔を苦虫を潰したような表情で見つめていた。
帰宅の途中、上機嫌のベラミールに対しカルミ―ナは冷めた目で言った。
『最後に店長の言った言葉の意味……わかってるの?』
『銀城殿は《吸血鬼らしく振る舞え》と言っておったな。吸血鬼のわたしに不思議なことをいうものだ』
『お父様……お覚悟をなさいませ……』
『娘よ!何を言っておる。大丈夫だ!わははははは!』
(嗚呼……先が思いやられる……)
カルミ―ナはため息をついた。
自宅では、泰造が二階の窓枠に背もたれて、三日月を見ながらタバコの煙をふかしていた。




