死刑執行その⑧
処刑執行日のその夕方。
断食にふらつきながら落ち窪んだ目でカルミ―ナが玄関の引戸を開けた時である。
入口前に男女三人組が立っており、彼女は思わず仰け反った。
三人共60歳前後であろうか、胸に十字架の刺繍がはいった宣教師が着用している様な丈長の衣装を身にまとい、白い縁無し帽を被っている。
真中に男性1人を挟んで両側に女性2人が並んでいる。
全員カルミ―ナの顔を見てにっこりと笑顔を作った。
カルミ―ナは怪訝そうな表情を浮かべた。
「あ、あの……。どちら様でしょうか?」
男性が前に進み出て挨拶する。
「始めまして。わたし達は《聖ベラマンチャの会》の者です。決して怪しいものではありません」
「は、はあ……その……どんなご用件でしょうか?」
右側の小柄で厚化粧の女性が口を開いた。
「貴方をお救いしたいのです!とても良い話ですよ」
「良い話?」
今度は左側の背の高い黒縁眼鏡の女性が進み出た。
「あなたは呪われた吸血鬼です!今まで数えきれないほど多くの人の血を吸い、死に至らしめた悪魔です!まずその事を自覚なさい!さあ!あなたが殺害した人数は何人かご存知ですか!」
「う!く……!死刑執行による35人です……」
「寝言はおよしなさい!いいですか!会の調べによれば、あなたは55万3262人の人命を奪っているのです!」
「は!ハァ!そんなのありえません!」
カルミ―ナは目玉が飛び出そうになった。
黒縁眼鏡の女性は甲高い声でまくしたてる。
「否定しても無駄ですよ!わたし達の聖典《聖ベラマンチャの書》にちゃんと記載があります!」
「あの……そんな書物の名前……聞いたことがないんですけど……」
「わたし達の会派にのみ伝わる秘伝の書です。ここにはキリスト教の真実が書かれているのです!あなたのことについてもちゃんと記載がありますよ!」
「私の事……!どんな内容なんですか?」
「わかりました。お教えしましょう。《聖典 第百二十三章 主が吸血鬼について語られた事》より」
黒縁眼鏡は、表紙に《聖ベラマンチャの書》と日本語で書かれた辞書のような分厚い立派な本を取り出し、満面の笑顔で朗読し始めた。
――吸血鬼は背徳の民なり
――神の教えに背いて堕落し呪われた
――常に人間の血に飢えて追い求める
――その中にカルミナと呼ばれる女吸血鬼あり
――漆黒の翼で空を舞い狙われたものは逃げられない
――若い美男子の血しか狙わない
――一度血を吸い始めたら 一滴も残らず吸い尽くす
――カルミナの犠牲になりたるもの数知れず……
――以上
「ええと……これだけですか?」
「はい。そうですが?」
「私……翼なんてないし!美男子しか狙わないって一体何なんですか!それに 被害者の具体的な数字なんて何もないじゃないですか!」
「それは私どもが独自の調査できちんと計算いたしました。それによるとあなたは西暦1523年以降吸血を繰り返し、58万9822人の尊い命を奪ったのです」
「さっきより数字が増えてるじゃないですか!それに私が生まれたのは1826年です!」
「《吸血鬼は偽りしか言わない》と聖典にございます。誤魔化しても無駄ですよ!あなたはこのままでは地獄の最下層であるコキュ―トス行きは免れませんよ!」
「そんな話なかったでしょう!私これから用事があるんです!もう行っていいですか?」
厚化粧の女が行く手を遮った。
「まぁまぁ。お待ち下さい。そんな罪深きあなたを救済するのが私達の役目。まずは御覧下さい。聖ミカエル・ハゲ・カメジロウ同志、あれを!」
「はい!聖ガブリエル・シワ・ハルコ同志!」
そういうと男性は聖櫃をミニチュアにしたような箱を開けた。
中には派手な装飾が施された金色の十字架が、紫のシルクの布の上で光っていた。
(何これ……何だかおもちゃみたい)
カルミ―ナはジト目である。
「あなた様!これはただの十字架ではございません!持っているだけで全ての罪が浄化される《聖グレゴリウス・ドニ・ポカホンタスの十字架》なのです!」
「それが……何か?」
「何か……ではございません!あなた様に耳寄りの御話ですよ。普段私達はこの聖なるアイテムを1000万でお譲りしています。それをなんと今回……」
聖ガブリエル・シワ・ハルコの目が光った。
カルミ―ナはビクッとなった。
「たったの100万にさせて頂きます!これであなたのコキュ―トス行きは免除されます。さあ!如何ですか?」
「要りません」
即答するカルミ―ナ。
「何故です!あなたの65万9212人の命を奪った罪が帳消しになるのですよ!」
聖ミカエル・ハゲ・カメジロウが絶叫した。
(また人数が増えてる……)
カルミーナは半ば呆れ顔で言った。
「そんなお金持ってませんから!」
「大丈夫ですよ」
シワ・ハルコはにこやかに何かの書類を差し出した。
「私達教団は《サワヤカロ―ン》とも提携しています。年利たったの30%ですよ。さあ……ここにサインを頂くだけですから!」
彼女はカルミ―ナににじり寄ってくる。
(話にならない!)
そう思いながらカルミ―ナは後ずさりして引戸に向き直る。
そして鍵をかけると振り返ってにっこり笑った。
教団の三人も笑みを返す。
その瞬間、カルミ―ナは爆速でダッシュした。
彼女が本気で走ればオリンピック選手でも敵わない。
あっという間に姿が見えなくなる彼女に取り残され茫然と立ち尽くす三人。
数十分後、カルミ―ナは荒い息遣いで執務室に飛び込んだ。
「また定刻ギリギリじゃないか!」
柴田の不機嫌な声が飛ぶ。
「すいません!出がけに変な人達に絡まれてしまって……」
「言い訳はなしっすよ……はい!これ今日の死刑囚のファイル」
白鳥からバインダーを受け取った彼女は慌ただしく囚人のプロフィールを確認した。
死刑囚名:鼬 梅吉
罪状:殺人罪
属性:63歳男性 無職
犯行内容:風俗勤務の女性を3人殺害して遺体を隠蔽
確定判決:死刑
「風俗勤務の女性……?」
「今回の囚人は《最後の竿師》と呼ばれている曲者だよ」
「竿師?」
「そう。巧みな言葉と性技で女性を操って金儲けの道具にする人。まあ気をつけてね」
「は、はい……」
「因みに起訴されたのは3人殺害分だけど、実質の被害者はもっと多いから」
「ええ……!」
思わず息を飲むカルミ―ナ。
彼女は何か見えない手で心臓を撫でられたような、得体の知れない気味の悪さを感じていた。




