父との再開②
ちゃぶ台の横に正座しているこの男。
ベラミール・ド・ラキュレ 500歳
元ベルランド国王である。
カルミーナは父親を睨みつけた。
どんどんまゆがつり上がり、目が赤く光り、牙がむき出しになる。
カルミーナはベルランド語で怒りをぶつけた。
『よくも……平気な顔で私の前に出てこれましたわね!』
『す、すまない……カルミ―ナ。許してくれ』
ベラミールは沈痛な面持ちで頭を下げた。
彼女はさらにまくしたてる。
『許せません!許せるわけがありません!一体どこをほっつき歩いていたんです!お父様が城を飛び出して行った後、どれだけ大変だったと思ってるんです!』
『すまない…迷惑をかけたと思ってる……』
『思ってない!何にもわかってない!』
カルミ―ナはバンバンと畳を叩く。
碇谷は二人の様子を見て割って入った。
「お、おい。親父さん……頭を下げっぱなしだぜ。一体何があったんだ?」
「泰造さんには関係ありません!これは親子の問題です!」
「まあそういうなよ!ちょっと事情を聞かせてみろ」
「…………父は、国王であることを放棄したんですよ」
「何だって?」
ベラミールは正座したまま目を閉じて俯いている。
「40年前のことです。お母様がお亡くなりになった時、めちゃくちゃ嘆き悲しんで三日三晩泣き続けて、挙句の果てにお母様の名前を叫びながら城を飛び出して行ったんです」
「お前の母ちゃんが……確か人間だったな」
吸血鬼は人間と交合して子孫を残せる。
その際、ヴァンパイアの遺伝子力は極めて強く、100%純正に近い吸血鬼が生まれてくるのである。
「それからというもの。父の行方を必死に捜索しました。国を上げて探したんです。でも全く行方は知れませんでした……でも国政は放置できません。ですから急遽私が仕方なく国王代行を務めたのです」
「代行?なぜ?《女王》でいいんじゃねえか」
「父の生死がはっきりしませんもの……葬儀も戴冠式もできないです」
「なるほどねえ…こいつは親父さんはよくねえな」
「そうなんです!」
そう言うとカルミーナは再び父親の方に向き直った。
『さあ!お父様!どこにいたのかちゃんと説明してください!』
『……わたしはあの時……エレーナを失って錯乱してしまったのだよ……』
『どこにいたのかって聞いてます!』
『うう……わたしは無我夢中で駆けた。どこをどう走ったのかも全くわからなかった。もうどうでも良かった。自分の身なんてどうなっても良かったんだよ……そして気が付いたら暗く深い洞窟の中にいた……』
『洞窟!』
『そうだ……私はその中で眠りについた……暗く深いこの穴ぐらの中で……このまま朽ち果てたかったんだよ』
『そんな……でも国中の鍾乳洞や洞窟も探しました!でも見当たらなかった!』
『それはそうだ。私がいたのはアドリア海に面した断崖からしか入れない洞窟だったからね』
『アドリア海!一体どこの国なんです?』
『クロアチアだよ……しかも満潮時には洞窟の入り口が水没するんだ』
『ハァ――!そんなの見つかるわけないじゃないですか!その後はどうなったんですか!』
『……30年位眠っていた。目が覚めた時、死ねない己の生命力を呪ったよ。しかしわたしはすぐに激しい後悔に襲われた。何という事をしてしまったのだろうと……そしてお前や国民に謝罪をせねばと思いたち洞窟を飛び出したのだ』
『謝罪って……遅いです!国に行ったんですか?』
『ああ。わたしはヨレヨレになりながらもベルランドに戻った。そこでわたしは魂が消し飛ぶかと思ったよ。何しろ国が無くなっていたんだからね……』
『ええ……ロゼリア帝国に併合されましたからね……』
『そうだ。しかし何も知らないわたしはうろたえるばかりだった。しかもベルランドの元住民はわたしを避けるのだ。悲しかった……』
『30年も国民をほったらかしにして!当然です!』
『う……。今さら……何も申し開きは出来ない……でも、ある家族がわたしを匿ってくれてね。血や新しい衣服を用意してくれた。それで少し元気を取り戻したんだ。でもロゼリアの警察は厳しくて長くは留まれなかった。そしてやむなく家族の元を去る時、お前の話を教えて貰ったんだよ。日本の東京に居ると』
『そうだったんだ……でも……』
『わたしは苦労して日本行きの貿易船に潜りこんだ。コンテナの隙間に隠れていたんだよ。そして東京に上陸してからはお前の匂いを頼りにここに辿り着いたのだ……』
『お父様……それって密航じゃないですか!』
『その通りだ。だが仕方なかったんだよ……国もなく、パスポートもないんだからね』
カルミ―ナは苦虫を潰したような表情で碇谷に聞いた。
「……あの、泰造さん。父がここに来た時にどうしたの?言葉が通じないでしょ」
「あのなあカル。まず親父さん、どう見ても吸血鬼だろ。それに目鼻立ちがお前と似てるし。『カルミ―ナ!カルミ―ナ!』ってうるさいしよ。それでピンと来て、とりあえず上がって貰ったんだ」
「泰造さん……よくそれだけの手掛かりで父を家に入れましたね。でも……ありがとうございます」
「しかし親父さん、よくここにお前が居るってわかったな」
「匂いを頼りにしたと言ってます。私達は犬より遥かに鼻が利くので。ヴァンパイアがその気になればどこまでも追ってきますよ」
「うへ!おっかねえ!」
泰造は肩をすくめる。
『カルミ―ナ。ちょっと良いかな?』
『何です!お父様?』
『彼が今のお前の保護者なんだね。私のことも信じて家に入れてくれた。礼が言いたい』
『お父様……』
『この国のお礼の言葉を教えてくれないか?』
『【アリガトウゴザイマス】です』
『そうか……』
「おい……カル!親父さんなんて言ってるんだ?」
「父はお礼が言いたいそうよ」
「何だと?」
ベラミールは碇谷の方に向き直って頭を下げた。
「アリギティオ……ゴザマス」
「お、おい……照れくせーじゃねえか!別にいいってことよ!」
碇谷は顔を真っ赤にしてベラミールの背中をパンパンと叩いた。
その光景を前にしてカルミ―ナの目に涙が光った。
それを見た碇谷が言った。
「カル……もういいんじゃねえか?もう許してやれよ」
カルミ―ナはぎゅっと唇を噛んだ。
「……ゆ……許さない。絶対許さないんだから!」
ベラミールは沈痛な面持ちで顔を伏せた。
しかしその瞬間カルミーナはわっと号泣してベラミールに抱きついた。
ベラミールは顔を上げて目を見開いた。
しかしそれは穏やかな表情に変わり、自分に体を預けてくるカルミーナを優しく抱きしめた。
その夜、碇谷宅の上には満天の星空が広がっていた。




