八重桜の浴衣
夢で見た、お祭りでの嫌な記憶。
その嫌な記憶を塗り替えたいこともあり、コウタをお祭りに誘うチヨ。
婆ちゃんの浴衣……?
◯登場人物
千代
22歳 エステティシャン
奈良県橿原市に住む。祖母、母親と三人暮らし。ある日の合コンで、三つ上の幼馴染、コウタと再会する。
康太
25歳 家電量販店のメーカー販売員
瑛人とはバンドを組んでいた。10歳の頃、両親と大阪に引っ越したが、現在は奈良市内に喜平と共に住んでいる。
千代の母
52歳 スーパーのレジのパート
千代の祖母
78歳
心臓の持病がある。
「可愛らしい柄の浴衣があるで〜」
えっ! 婆ちゃん意外と持ってた……? そうそう、ウチの婆ちゃんは早寝早起きではなく、そこそこ遅くまで起きている。そこそこと言っても23時くらいまでには寝て、朝も8時〜9時起床だからショートスリーパーというわけじゃないんだけどね。
夜の時間はリビングで時代劇タイムだからだ。今は【暴れん坊将軍】という時代劇のドラマを見ている。タイトルからしてすっごく暴れん坊の将軍が出てくるんだろうなぁ〜。もちろん私は内容は知らない。
「婆ちゃん、そんな可愛らしい浴衣持ってたんや! てか、初耳なんやけど」
母親が言う。うんうん、私も初耳だよ。というかお祭り行ってたのって小さい頃だけだったような気がする。
あ……これは、少しずつ思い出したんだけど、コウちゃんが大阪に引っ越して離れ離れになってから、お祭り行くのもコウちゃんがいないから行かない! と言っていたような気がする。
んで、中高生の時とか、専門学校生になったらお祭り自体行こうとも思わなくなったような。
我ながらこのあたりはそんなに執着ない性格なのかな。まぁ人間って、嫌なことはなるべく忘れようとするらしいもんね。私が私を守るために、そういう風にしたんだよ、きっと。
そんなことを考えてる間に、母親が婆ちゃんに聞いて和室の押し入れから、浴衣を出してきた。
「わぁっ! チヨ、これホントに可愛らしい柄やよ〜」
細長い木の箱に入っていた浴衣は、めちゃくちゃ可愛らしかった。生地は上品な黒地なんだけど、桜の花が綺麗に敷き詰められているデザインで。
「えっ! 凄いすご〜い! 帯もピンクで可愛らしいや〜ん」
婆ちゃんになんでこんな浴衣を持っていたか聞いたけど、時代劇に夢中で返事は曖昧だった。まぁでもこんな素敵な浴衣があったのは嬉しい。軽く羽織ってみたら、丈もちょうど良さそうだった。
あとで聞くと、浴衣のデザインの桜の花は【八重桜】という奈良県の県の花を模しているらしい。ピンク! という感じではなくて、白っぽい中にほんのりピンクみたいな感じかな。とにかくめちゃくちゃ可愛らしい。
私は一目見て気に入ってしまった。
「コウちゃん、この浴衣どうかな……?」
『可愛らしい浴衣がチヨにぴったり似合ってるよ。でも、チヨの可愛らしさには負けるけどね』
なんてね! なんてね!
「チヨどうしたん、顔ニヤけてるで」
横で母親が私の妄想の邪魔をしてきた。断然私はお祭りが楽しみになってきた。
可愛らしい浴衣でコウちゃんとお祭り。絶対楽しいに決まってる!
◇ ◇ ◇
お祭りの一週間前のことだった。
『おつかれチヨ。前にベビフェで少しだけ会った、おにへーておるやろ。アイツもお祭り行きたいって言うんやけど、連れていってもいいかな?』
コウちゃんからのメールだ。
おにへーくん、名前がインパクトあるから覚えてるけど……せっかくの二人きりのお祭りデートを邪魔するなんて〜! おにへー、成敗してやる〜!
「あ、そうなんだね。ユカリかヒナかせっかくだし呼んであげようか、こっちも」
人数を合わせるというつもりではないんだけど、単に私一人で男の子二人だったら、コウちゃんが取られちゃう気がしたからだ。
『うんうん、それは任せるで〜。おにへーもお祭りあんま行ったことないみたいやねん』
というわけで、ちょうどその時に予定が空いていたユカリがお祭りに一緒に行くことになった。というかユカリ自身、おにへーくん紹介してと言ってたよな……ユカリの返事は
『おにへーくん! あのキュートイケメンくんだよね〜? もちろん行く! コウタくんはチヨに任せるからね、おにへーくんのことは私に任された〜!』
頼もしい返事のユカリだった。ホント大丈夫かな……
このおにへーくんのお祭り参加が、ちょっとした波乱の幕開けになるとは、私は思いもしてなかったのだ。




