天川村への道のり
星空デートのための服装もバッチリ!
あとは出発だけだ。
チヨはドキドキしながらコウタが来るのを待つ。
◯登場人物
千代
22歳 エステティシャン
奈良県橿原市に住む。祖母、母親と三人暮らし。ある日の合コンで、三つ上の幼馴染、コウタと再会する。
康太
25歳 家電量販店のメーカー販売員
瑛人とはバンドを組んでいた。10歳の頃、両親と大阪に引っ越したが、現在は奈良市内に喜平と共に住んでいる。
千代の母
52歳 スーパーのレジのパート
さぁ、準備万端だ〜!
コウちゃんからさっき連絡があって、こちらに今向かってるみたいだった。
なんやかんや準備をしていたらあっという間に夜になっていた。服をあれこれ悩んだり、着替えたりしている間に、母親が道中で食べれるようにってオニギリを握ってくれた。
具は私の好きな辛子明太子! 昔から好きなんだ〜。コウちゃんも確か好きだったような? 私もオニギリは作るんだけど、母親の握るオニギリは何故か一味違う。なんというか握り方も違うような。オニギリに一体感があるような、そんな感じなのだ。
そのオニギリをたくさん、使い捨ての容器に詰めて持たせてくれた。
「先に晩ご飯食べとかなくていいん? お腹空くよ〜」
「お腹ふくれちゃったら眠くなるやろ? せっかくのデートやからシャキッとしときたいの!」
そうなのだ。私はお腹いっぱいになると、結構な確率で眠くなる。しかも車の揺れで更に眠くなりそうな気がしたので満腹感は厳禁だ。
というか……ドキドキしていて、お腹も空かないんだけど。
ふとリビングを見ると、婆ちゃんが相変わらず時代劇のビデオを観ていた。起きてるか寝てるかわからないような感じだ。
私の携帯が鳴った。コウちゃんだ。
「もしもし、こんばんは」
『こんばんは、ってなんなん。あともう少ししたら着くで〜』
「わかったよ、お家の外にそろそろ出とくね」
もうすぐコウちゃんが到着する。
二人きりのデート、そして星空の下で。
二人は開放感の中で……違う違う! もぉ、私ってなんでそんなことばかり考えちゃうのよ〜。
「お母さん、婆ちゃん、行ってくるね〜」
「チヨ、いってらっしゃい。暗いところ歩くときは気をつけるんよ〜」
「ありがとう、行ってくる〜」
家の外に出たら、ちょうどコウちゃんの車が来たところだった。車の中からコウちゃんが手をあげて知らせてくれる。
私も手を振る。
「ちょっとバタバタしてしもて、遅くなったわ、ごめんな〜。まぁまぁ今日も忙しかったわ」
コウちゃんは家電量販店でエアコンを接客販売する仕事をしている。夏真っ盛りの七月なんてきっと忙しいよね。いつかコウちゃんがお仕事してる姿を見に行こう。きっと絶対カッコいい。
「ううん、全然大丈夫。あ、コウちゃんお腹空いてるんちゃう? お母さんがオニギリ握ってくれたんやけど食べる?」
「実はめちゃくちゃ空いててん、凄いありがたいわ。コンビニ途中で寄ろうって思ってたから」
やはり母親は凄い。天川村に着いてからも何かはあるかもだけど、道中とかでお腹空いてたら、せっかくのデートも空腹で台無しになるだろう、って言ってたような。
「あ、ラップで包んでるから、それだけ剥いてあげるね。コウちゃん運転しながら剥くの大変でしょ」
ラップで包まれたオニギリの半分を剥いてコウちゃんに渡してあげた。
「ありがとう。さっそくいただくわ〜。んっ! うまっ! しかも明太子やん!」
やっぱりコウちゃんも明太子好きだった。なんだかこういう共通点だけでも嬉しくなる。
「明太子美味しいよね〜、私も大好き! あ、お茶も水筒に入れてきてるからいるときは言うてね」
「至れり尽くせりやな〜、あ、ごめんこの下のとこのラップ取ってくれへん?」
オニギリの半分まで食べ終わってたので、私はそれを受け取って、残りのラップを全部剥がしてコウちゃんに渡した。私、助手席で世話を焼く奥さんみたいだよね。自分で思いながら顔が赤くなってないか心配してしまった。
「オニギリめちゃ美味しかったわ、ありがとう。チヨは食べへんの?」
「うん、私は今はいい。あ、それよりコウちゃん、これ……」
私は勇気を出して、右手を出してみた。
「ん? 手ぇどうしたん……あー、わかった。酔い防止しないとやな」
全然今走ってる道路は平坦な道なんだけど、コウちゃんはそう言って手を繋いでくれた。
「そう、酔い防止やねん。あ、でも運転危ない時はちゃんと両手で運転してね、言うてよ?」
「うん、わかったで。これから少し山道に入ってくると思うんやけど、前みたいなぐねぐね道ちゃうから、割と安全かな」
コウちゃんの左手から、彼の温もりと、彼の声の響きを感じていた。あ、そうだ。
「夜やからあまりわからないかもやけど……今日の服装はどう? 山を歩くかもやからスカートはやめたんやけど……」
運転の合間にチラッとこっちを見て、
「うんうん、ちょっと良くは見えんけど、いいと思うで〜。半ズボン歩きやすそうやんな」
半ズボンて!! 小学生かい!
でも、なんかそういうのもコウちゃんらしくて。
コウちゃんはジーンズに半袖のティーシャツと、上に薄手の七分袖の羽織りものを着ていた。
「半ズボンと言えば、コウちゃんは夏でも長ズボンなん?」
私はなんとなく思ったので聞いてみる。
「あ〜そやなぁ。そんなに服の種類がないこともあるけど、半ズボンってあんまり好きじゃないんよ」
意外とそういうこだわりあるんだ。まぁ……私も男の人がハーフパンツで足を出してるより、ジーンズとかスラックスでシュッとしてる方が好みかも?
「コウちゃんのこだわりって、他にもあったりする? 服装とかじゃなくて」
「ん〜、なんやろ……俺O型の大雑把やからそんなガチガチのこだわりはないけども。あ、人が嫌な気持ちになるようなことは、できるだけしたくないと思ってるかな」
なんかこれは前にも言ってたっけ? 自分がされたら嫌なことは、人にもしたらあかん、ってやつかな。
「自分がされたら嫌やんな、ってやつ?」
「そうそう。て言ってもちゃんと出来てへんことのほうが多いんやけどね。そうありたいな、っていう感じ。でも、意識してるだけでも違うと思うねん。自然にそれを出来る人って、なかなか少ないから……」
それを話してる時の彼は、少し淋しい顔をしてるような気がした。もしかしたら過去に何かあったのかな。ちょっぴり私は胸がつきんとした。
「私も、そうしていきたいと思う。コウちゃん、私が嫌なことしてたら、遠慮なく言うてよ? 私もしかしたら気付いてない時もあるかもやから」
私は結構鈍感な方だから。あとで言われて気づくこともあるのだ。
「うんうん。チヨは大丈夫やで。そんな気にしすぎんでええよ」
嫌なことをしない、だけじゃなくて。喜んでくれるようなこと、嬉しいと思うことをできるようになれたらいいな。
私はコウちゃんの温もりを感じながら、そう思った。
デートって、目的地へ行くのももちろんだけど、
そこへの道中も楽しかったりするよね。
チヨはオニギリを剥いてあげたり、手を繋いだりできて、上機嫌のようだ。




