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街の夜と新しい日常

 ギルドを出ると、街はすでに黄昏の色に包まれていた。

 石畳を歩けば、香辛料や焼き肉の匂いが鼻をくすぐる。

 露店には串焼き、揚げ菓子、煮込みの鍋――様々な湯気と声が立ちのぼっている。


「……活気があるな」


 村の夜は早かった。

 だがこの街では、日が落ちても人の動きが止まらない。

 呼び込みの声、楽師の笛、子どもたちのはしゃぐ笑い声。

 異世界の夜は思っていたよりずっと賑やかで、人の熱気に満ちていた。


 クロワンのタンクを軽く叩くと、低い唸りが返ってくる。

 まるで相棒も、この光景を興味深げに見つめているようだった。


 視界の端に小さく滲む。


【燃料残量:88%】


「……街暮らしでも、走れば減る。補給の目処も考えとくか」



 しばらく歩き、通りの外れに「旅籠・青麦亭」と書かれた木の看板を見つけた。

 木造二階建ての宿は、年季は入っているが清潔そうだ。


 クロワンを外に停め、俺だけが扉を開けて中に入る。

 帳簿に目を落としていた年配の宿主が顔を上げた。


「おや、旅の方かい?」


「外に相棒がいるんだ。鉄の塊みたいな……乗り物なんだが、雨に濡らしたくなくて。置ける場所はあるか?」


 宿主は一瞬怪訝そうにしたが、しばらく考えてから裏手を顎で指した。


「馬小屋が空いてるよ。一頭分なら使える。気にしなければ、そこに入れてやるといい。火は厳禁だよ。魔導機具は登録札があれば安心だが、盗っ人も出る。扉はかんぬきで閉めときな」


「助かる」


 宿を出てクロワンのもとへ戻り、裏手の馬小屋へ案内する。

 馬たちは鼻を鳴らし、鉄の塊に落ち着かない様子を見せたが、クロワンは静かにアイドリングを響かせるだけで、攻撃的な気配は一切なかった。

 やがて馬たちも少しずつ落ち着きを取り戻す。


「ブルル……」


 安堵したような唸りが響き、俺は思わず笑みを返した。



 夕食は木の卓で出された。

 大皿の麦粥に、野菜と豆の煮込みスープ、炭火で焼いた魚。

 素朴だが、香辛料が少し効いていて食欲をそそる。


「……悪くない」


 銅貨二枚で宿泊、夕食、馬小屋の利用が込み。

 物価は村より高いが、この街での生活費としては妥当だろう。



 食後、部屋の窓を開けると、夜の街が広がっていた。

 通りには松明やランタンが灯され、店先からは笑い声と歌が漏れている。

 市場の名残で残った香辛料の匂い、焼き菓子を売る子どもの声。


 裏手の細い通りでは、「火蜥蜴の脂」と墨書された壺がいくつも積まれ、油の匂いが夜気に混じっていた。


 視線を上げれば――

 城壁の向こうにそびえる鐘楼の影が夜空に浮かび上がり、頂には明かりがともっていた。

 それはまるで北極星のように、ロウストンの街を見守る灯火だった。


「……本当に、こっちで生きていくことになるんだな」


 馬小屋の方角を振り返る。

 クロワンはきっと静かに待っている。

 その存在に背中を押されながら、俺は眠りにつく準備を始めた。

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