第五章 起源
「そうですか……。残念です」
「いえ……。今までずいぶんお世話して頂いて」
「とんでもない。奥様のこと、こちらこそ何のお力にもなれず」
調査隊の一団の中に月刊テラの安西編集長が、わざわざ瑚太朗に会いに来てくれていた。
懐かしさと寂寥に耐えかねて、とうとう朱音のことを打ち明けてしまった。
彼は朱音に対して心からのお悔やみを述べてくれた。
「それで、お子様はいま?」
「はい。元気です。……というか」
「はい?」
言おうかどうしようか迷う。
異常な成長速度。
もしもそれが環境によるものが大きいのだとしたら……。
(だけど……)
追放された身だ。今さらどこへも行けない。
それに。
篝を人目に触れさせるのは、できれば避けたかった。
安西氏がいい人であるのはわかっている。
だがどこからどう伝わって、篝が好奇の目に晒されるかもわからない。
それなりの年月が過ぎてからでも構わない気がした。
「……いえ。ベビー用品、とても助かっています。貴重なものを頂いて」
「実は……。在庫が余っている状態なんです。人口減少が加速していて」
「そんなに?」
「政府も緊急特例として出産を奨励する法案を可決しました。ですが、今まで人口制限をかけていた反動が大きいようです。なかなか市民の動きがそれに付随しない状態で」
「…………」
「私も妻と頑張っておりますが……はは」
安西氏は苦笑いを浮かべた。
本当は……この人になら打ち明けてもいいと思う。
むしろ相談したかった。
だが、篝だけは自分の力でなんとか守り抜きたいと思う気持ちのほうが勝る。
心苦しいが、今は胸に押しこめて、誤魔化すことにした。
「あとひとつ、お願いしてもいいでしょうか」
「なんなりと」
「妻の遺品で、いくつか私服と、あと学校の制服があります。これを仕立て直して娘に着させたいのですが」
「それは素敵なことだと思います。送って頂ければ、こちらで作り直して差し上げますよ」
「助かります」
「確か奥様がお持ちの服は」
「ええ、紺系のドレスとか、黒の……」
「まだだいぶ先の話ですのに、随分娘さんのためを思ってらっしゃるんですね」
「そんな……」
実を言うと。
それほど先の話ではないから困っている。
ただしそれを言うわけにはいかなかった。
「わかりました。可愛らしく作ってもらうよう頼んでみます」
「はは……。宜しくお願いします。サイズは適当でいいので」
平均より少し小さいくらいでも構わなかった。
篝は成長こそ早いが、体格はほっそりして、将来的にもグラマーになるとは思えない。
(親としては複雑だが……)
「ところで……あの」
安西氏は瑚太朗をジッと見て、少しだけ首を傾げた。
「はい?」
「気のせいだと思うのですが……。随分若返ったようにお見受けします。娘さんのおかげでしょうか」
瑚太朗は内心ぎくりとしたが、表情には出さなかった。
一応、体内の体液循環を操作して顔を少し変化させておいたが。
能力が全盛期の頃とはもう違うので、やはり思っていたほどうまくいかなかった。
「褒めて頂いても何も出ませんよ」
「ははは。お羨ましい限りです。ぜひお会いしてみたいですね」
「……いずれ、機会があれば」
安西氏と握手を交わし、再会を約束した。
今度会うときがあれば。
その時にこそ打ち明けてみよう。
でも。
(朱音のときも……そうやって後悔したんだ……)
手遅れになってから気づいてしまった。
朱音は、知っていた。
この境界の環境と、そして生まれてくる子供のこと。
もしかすると。
篝の異常な成長も、朱音ならばあらかじめ知っていたかもしれない。
環境……。
本当にそれだけが原因なのだろうか。
(もう少し、この周辺を調べ直してみるか)
二度と近寄らないと決めた、あの大きな亀裂。
あそこに落ちたのがそもそもの始まりだった。
もう一度行ってみる必要がある。
瑚太朗は覚悟を決めた。
「パパ!」
「ただいま、篝」
懐に飛び込んできた娘を抱きしめ、頭を撫でた。
生後三ヶ月。
いや、それは数字的な意味であり、実際のところは……。
(どう見ても五、六歳だよな……)
毎日見ているため、もう考えるのもアホらしくなっていた。
身体はともかく、知識欲はとても旺盛で。
瑚太朗が貸した専門書はほとんど読破してしまった。
今でも定期的に書物を送ってもらっているが、それらも貸した次の日にはもう読み終わっている。
学校に行く必要もなさそうだった。
だけど。
(友達が一人もいないのは、やっぱ寂しいだろうな……)
なんとかしてあげたいと思う。
自分だけしかいない環境は、やはり娘のためによくない気がする。
(俺だって、なんだかんだ言って……学校、楽しかったし)
オカ研で活動していた頃。
自己満足で始めたことだけど、それなりに充実していた。
朱音にも出会うことが出来た。
恋だって……なんだって出来る。
幸せになって欲しかった。
「なあ篝。……学校、行きたいか?」
答えによっては、篝の願いであれば叶えてあげたい。
そう思ってきいてみた。
篝は瑚太朗を見上げ、きょとんとして言った。
「学校って、なに?」
そうだった。
行ったことがないものを知るわけもなかった。
「勉強をするところだよ」
「勉強、してるよ?」
「そうじゃなくて、篝と同年代の子が一緒に学ぶところだ」
「篝と?」
「……あ」
この子は産まれてまだ三ヶ月だ。
同年代どころの騒ぎじゃない。
そもそもこの成長がどこまで加速するかわからない。
行けるはずもなかった。
「ご、ごめん。……もっと先の話だよ。でも、行けるなら行ってみたいか?」
「うーん……」
少し悩むような仕草をしてから、瑚太朗の襟元を引っ張って軽いキスをしてきた。
「パパがいるほうがいい」
「篝……」
「あと魔物がいるもん!」
篝は笑いながら走っていった。
最近篝は瑚太朗の使役する魔物を使いこなしている。
それどころか境界に紛れこんだはぐれ魔物もうまく操っているようだった。
「母親の遺伝かね……」
朱音はそもそも魔物を操る能力がそれほどでもなかったが。
聖女としての気質は、魔物を辿る契約線をどれくらい使いこなせるかによる。
篝にはその聖女の力が強く受け継がれているのかもしれなかった。
「…………」
まだ篝にその意志は感じられない。
だが注意深く見守る必要があった。
ここまで急成長してしまうと、いつ聖女化してもおかしくない。
やはり、篝に普通の生活など無理だ。
一生ここに閉じ込めるくらいの覚悟がないと。
(そんなこと……出来っこない……)
楽しそうに魔物を飛ばしている篝を見ながら、本来なら思い悩むには早すぎる問題に、頭を痛めていた。
数日後。
安西氏に頼んでおいた篝用の服が届いた。
大きさは朱音より若干小さいが、どれもリボンをあしらった可愛らしいデザインのものが多かった。
(最近はこういうのが流行りなのかね)
もと学校の制服は、ほとんどフリルとレースの奇抜なデザインだったが、あっさりとしたタイトスカートの若干和風をあしらったデザインになっていた。
瑚太朗は個人的にこれが一番気に入った。
「わあ……!」
「どうだ? ママが着てたものとはちょっと違うが、どれもいいだろ?」
篝はまだサイズが大きい服を目を輝かせて手に取って見ていた。
どれもドレス風のデザインの服で、女の子が喜びそうなものだった。
全部で12着もある。
朱音の服は6着しかなかったはずだが。
(安西さん、奮発してくれたんだな……)
服が貴重なこの世界では、有難いことこの上なかった。
「これ、パパのみたい」
「なにっ?!」
てっきり篝のだけかと思ってたら、男物のスーツとブルゾン、ジャケットも混ざってた。
(おいおい……)
12着どころか、……20着。
これはどんな礼をすればいいものか見当もつかない。
朱音のことを打ち明けたのが原因か。
「…………」
今は有難く受け取っておくことにしよう。
瑚太朗は篝が服に顔を埋めて嬉しそうにする姿を見るだけで幸せだった。
「パパ、篝、これ着てみたい」
黒いドレス。
後ろにリボンで結ぶタイプの、前開きのレースがついていた。
(あれ……?)
どこかで見たような……。
気になるが、篝の嬉しそうな顔を見て、瑚太朗は顔を綻ばせた。
「そうだな。篝がもうちょっと大きくなったらな」
「篝、頑張っておっきくなる!」
「これ以上急いで大きくなるなって」
篝の頭を撫でる。
サラサラの髪はいつ撫でても気持ちよかった。
髪飾りもなにもつけてないのがかわいそうだった。
女の子なのだから、そろそろおしゃれをしてもいいかもしれない。
どうも男手ひとつで育てると、その辺に気を遣わなくなる。
でも……。
(朱音って、ほとんどアクセサリ持ってないんだよな)
ピアスひとつもしていなかった。
髪を留めるリボンくらいしか。
でも篝の髪はとても艶があり、結んでしまうのはもったいない気がした。
(なんとかしてやりたいけど……)
瑚太朗は、ふと思いついた。
これなら……。
それもそう難しいことじゃない。
篝には黙っておいて、あとでびっくりさせてやろう。
「なあに、パパ?」
「篝の髪が気持ちいいなって」
「くすぐったーい」
満更でもない顔で笑う娘を、瑚太朗は幸せそうに見つめた。
to be continued……
篝ちゃんの格好の起源です。まあオリジナルですけど。
瑚太朗が気に入った服のデザインは、アルトネリコ2のルカの服をイメージして頂けると。
まだ幕間といった感じです。
いつになったら話が動くのでしょうか(苦笑)




