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第六章 始動



 時事速報が届いた。

 全市民に告知する場合のみ発布される通知だった。以前、朱音と瑚太朗の裁判が開かれるとき発布されたのが確か最初だった。

 何事か緊急事態が起きたのか。

 瑚太朗は息をのんで通知を開いた。

(人口が……!)

 これまで伏せられていた詳細な人口がとうとう公開された。

 当初10万余りだった数が――現時点で2万2千人未満。

 それも人口比でいうと、赤子や子供の減少が多い。

 確かに魔物は子供のほうが数を多く生成できる。

 しかし寿命が減るのを少しでも軽減しようと、子供にその役割は与えられていなかったはずだ。

 なのに、……明らかに減りすぎている。

 政府は魔物を生成する認可制度を設け、一人一体のみとし、許可なく生成した場合は厳罰もしくは極刑。

 死刑制度がないので、この場合瑚太朗と同じ追放処分が極刑扱いとなる。

 魔物の数を調査したところ、詳しくは判明していないが、少なくとも人口の4倍以上。

 そのほとんどは、おそらく……。

(はぐれ魔物だろうな……)

 最近、境界付近ではぐれ魔物の数が激増している。

 篝にあまり境界に近づくなと言っているが、魔物を手懐けるのが得意な篝は、暇さえあれば境界に行く。

 瑚太朗も仕事をしながら篝を見張っているわけにもいかず、つい今まで放置していた。

 しかし……。

(凶暴な魔物とか、いてもおかしくない)

 篝を仕事に連れて行こう。

 同じ境界に行くのなら、まだ一緒にいたほうがマシだ。

 首に縄をつけてでも側で見張っていないと。

「言うこと聞きやしないからな……」

 もう外見年齢は十歳近い。

 生後五ヶ月。普通ならまだ乳飲み子だ。夜泣きや数時間毎の哺乳瓶を与えるのに四苦八苦するはずなのに。

 幸いというか、そういう時期はほんの数日だった。

 その代わりというか、もう外見通りの子供らしさになっていて、最近扱いかねている。

 可愛いとは思う。

 だけど、…………。

(どうしても……気になる……)

 篝の外見だ。

 最近になって、ようやく気づいた。

 むしろ気づくのが遅すぎた。

 ずっと側にいるから、無意識に考えようとしなかったのかもしれない。

 どういってもそれは言い訳にすぎないが。

「パパ、見て! すごく綺麗なお花。この子が見つけてきたの」

 篝は大きな白鳥型の魔物を後ろに従えながら、家に戻ってきた。

 あんな大型の魔物を苦もなく操れる娘に感心しつつも、聖女の気質がいつ現れるかと思うと気が気でならない。

 瑚太朗は不安を押し隠して篝の手から青い睡蓮を受け取った。

「へえ……。どこで見つけてきたんだろうな」

「ここから北の森の外れに小さな泉があるんだって。ねえ、パパ。篝を連れてって」

「いいけど、その魔物も連れて行くのか?」

「だってこの子が見つけてきてくれたんだもん」

「そっか……案内は必要か。じゃ、一緒に行こうか。って、おい、手を引っ張るなって」

「早く、早く!」

 篝は嬉しそうに瑚太朗の手を引き、魔物を空へ放った。

 契約線を辿るから先に行かせても問題はない。

 すっかり魔物の扱いに慣れた娘の後姿を見て、瑚太朗はまた表情が固まってしまう。

(似すぎてる……)

 髪型も、顔立ちも、体格も。

 かつて見た鍵の姿とほとんど瓜二つだった。

 自分にも朱音にも似ていない顔立ちだと不思議に思っていたけれど。

 皮肉にも鍵の生き写しであるかのように、よく似ていた。

 だけど。

(似ているだけだ)

 篝は篝だ。

 たまたま鍵とよく似ている。それだけだ。

 確かに気にはなるが、しかし。

 この世界に鍵など存在するはずもないし、ましてや篝は人間なのだから。

「パパ、おそーい!」

「篝が早いんだってば」

 考えごとしながら歩いているからか、篝がぐいぐいと手を引っ張っていく。

 手をポケットの中に忍ばせた。

 いつか篝にあげようと思って作った髪飾り。

 それが鍵が身に着けていたものとよく似ていたことを思い出し、あげるのを躊躇ってしまった。

 だけど捨てることもできずにまだこうして持っている。

 それが娘を複雑な思いで見ていることに繋がっていることに、瑚太朗は気づいていなかった。






 深夜。

 篝を寝かしつけて自分のベッドに戻ろうとした瑚太朗は、家の外から変な音を聞いた。

(なんだ……?)

 カーテンを開けようとしたが、手を止めて、隙間から窓の外を覗いてみる。

 赤い光。

 それがたくさん家の周りを取り巻いていた。

「……っ!」

 すぐに瑚太朗はガンセーフまで行き、中からライフルと弾丸を取り出した。

 数秒で装着、すぐに窓の下に身を潜める。

 呼吸を整えてからもう一度カーテンの隙間から外を見た。

 間違いない。

 ハウンド型魔物。それもかなり大型で数も……。

(おそらく百……以上)

 家の周りを取り囲んでいる。

 音や気配、草を踏み分ける音、獣の唸り声。

 それらすべてが一箇所に固まっているわけではなく、家全体を覆っていると確信した。

 篝の側に行かねば。

 だが今動けば窓を割って侵入してくるかもしれない。

(くそ……っ!)

 こんなこともあろうかと家周辺にトラップを仕掛けるつもりでいたが、篝がしょっちゅう出歩くので仕掛けることが出来なかった。

 そんなのはただの言い訳だ。――こうなった以上。

(俺一人でやるしか……)

 ライフルを構えなおしたそのとき。

 篝のいる部屋のほうから窓が割られる大きな音が聞こえた。

「…っ! 篝っ?!」

 ダッシュで部屋に駆け込むと、篝の寝ているベッドに魔物が覆い被さるように乗っていた。

「くっ!」

 瞬間的に撃つ。

 魔物は急所を撃たれたのかすぐに塵化して消えた。

「篝、篝っ!」

 駆け寄ってみると、篝は起きた気配もなくすやすやと眠っていた。

 ホッとしたが、まだ魔物は家の周りにいる。

(ここから離れないと……!)

 篝を抱きかかえ、武器を構えながら後退した。

 このまま戦えば篝にも危害が及ぶ。

 瑚太朗は篝を背にして紐でくくり、ありったけの武器を手に取って二階から樹木へと飛び移った。

 木のてっぺんまで登り、辺りを見回してみる。

 能力が落ちているとはいえ、視力はまだ暗視スコープなしでも遠くまで見通せた。

 だからわかる。

 ハウンド型だけではない。

 巨大なエント型、ラプター型まで……。

 遠くから続々と瑚太朗と篝のいる森の家に集まってきているようだった。

(あれ……レックスタイプじゃねえか?)

 大型恐竜型魔物。

 そんなもの、この辺に存在していなかった。

 瑚太朗は朱音と暮らす拠点を探して、徹底的に周辺を調査した。

 魔物がいない地域がだいたいこの周辺だったので、家を建てたのだ。

 それなのに。

(こんなに……増えたってことかよ)

 絶望するが、しかし、ここから離れないと危険だ。

 別の家に移り住む必要がある。

 とりあえずは……。

(確か……ここから南西の方角に……)

 仮の拠点を作ってある。そこまで逃げよう。

 篝を背に瑚太朗は木から木へと飛び移った。






「建築業者?」

「ああ、前に頼んだときと同じ施工業者でいいけど。頼めるか?」

 瑚太朗は吉野に連絡を取り、緊急で家を建てる必要があると依頼した。

 朱音と暮らしていた今まで住んでいた家は、もう危険で近寄れないことを説明する。

 吉野は難しい顔をした。

「やっぱり無理か?」

「いや、建てるのは問題ねえよ。そういう事情なら政府に掛け合えば家くらいタダで建てるさ。……ただ」

 何か言いにくそうにしている。

 瑚太朗は眉をひそめた。

「なんだよ。何か問題でも」

「実はその魔物の急増が、街の外縁部でも発生している。家を捨てる住民が多くて、今都市部はすし詰め状態だ」

「な……?」

「人が食い殺されたりする事件が多くてな。おまえのことも気にはなっていたが……」

 吉野は頭を抱えるように呻いた。

 気にはなっていたが、どうすることも出来なかったのだと言外に言っていた。

 瑚太朗は苦笑して吉野の肩を叩いた。

「俺のことは気にすんな。こう見えても元SPだ。そう簡単にやられたりしねえよ」

「鼻持ちならねえが一応安心した。急場凌ぎの家は、この地図に記してあるから移り住んでくれ。一応街との境にあるから法的には問題ないはずだ。業者にはさっそく連絡つけておく」

「助かるよ。住む予定の場所は、ここだ」

 二人で地図を見ながら打ち合わせをしたが、瑚太朗は吉野の表情がまだ暗いままなのが気になった。

 いつも険はあってもどこか明るく打ち消すようなあの吉野が。

「何か言いたいことでもあるのか?」

 もう帰ろうかと思ったが、やっぱり聞いてみることにした。

「……天王寺。街に戻る気はないか?」

「は?」

「戻るのは問題ないはずだ。むしろ民心はおまえが戻ってくるのを待ち望む声が多い」

「なん……だと?」

「もう事情が変わった。いま市民たちは新たな指導者を推している。それがおまえだ」

「……冗談はよせよ」

「冗談なんかじゃない! 住民の避難に尽力したおまえを、見直す声が高まっているんだ。魔物による被害でみんな恐慌状態に陥っている。それをなんとかしてくれるのがおまえだと」

「ふざけんな! 俺は自ら望んで罰を受けたんだ。朱音もそれを受け入れた。だから追放された。それが今更戻って来いだと? 俺たちの気持ちも知らないで適当なこと言いやがって!」

「天王寺……!」

「……悪い。おまえに当たっても仕方ないよな。だけど俺は戻るつもりはない。一生境界で生きていくと決めた。だからもう放っておいてくれ」

 吉野は項垂れたが、声をかける気にはなれなかった。

 また連絡する、とだけ言って立ち去る。

 早く篝の顔を見たくてたまらなかった。






「パパ……」

「おいで、篝。ここは危ないんだ。別の場所に住もう」

 篝と二人で今まで住んでいた家を見上げる。

 魔物の気配がなくなったのを見計らい、荷物を取りに戻ってきた。

 篝はなかなかその場から動こうとしなかった。

 仕方なく抱き上げる。

「篝、ここがいい」

「わかるけど、篝の身に何かあってからじゃ遅いんだ。な? いい子だから」

「ママのお墓が遠くなっちゃう……」

 瑚太朗はズキンと胸が痛んだ。

 思いは同じだった。

 朱音との思い出がたくさんある。

 篝もここで産まれた。

 離れたくないのは瑚太朗だって同じだった。

「ママにはまた会いに来よう。パパと一緒にだ。大丈夫。必ず会いに来るから」

「パパ……。ママのこと、話して」

「そっか……。今まであんまり話してなかったよな」

「ママって、美人?」

「ああ、とっても。スタイル抜群で、頭が良くて、可愛くて、パパの憧れの人だった」

「篝よりも?」

「比べることなんて出来ないさ。二人ともパパの大事な人だ。……篝」

 娘の額に唇を寄せる。

「ママはおまえをとても愛していた。篝が産まれたとき、守ってあげてと言っていた。だからおまえを守りたい。わかってくれるよな?」

「……うん」

「行こう。また戻ってくるから。それまでちょっとだけお別れだ」

 篝を抱きしめる。

 小さく震えていた。

 涙を堪えているのだとわかる。

 愛しさがこみあげてきた。

 この小さな存在を守ることが出来るのなら……。

(なんだってやってやる)

 瑚太朗はある決意をしていた。






to be continued……


話が進んでないように見えますが、一応進んでるつもりです。

あとこの話の篝は、原作の篝とは違う存在だと思ってください。

別人ですが、一応、最後にはつじつま合わせるつもりです。

そこまでうまく書けるかどうか、自信はありませんが、頑張ります!

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