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白銀の魔道具職人と、世界で一番美しい黒のシスター  作者: 虹の箸


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8/9

執行官の来訪と、侯爵家の紋章

昨夜あれほど猛威を振るった黒吹雪が嘘のように止み、雲の切れ間から差し込んだ朝日が、新雪に覆われた東区画の街並みを白く照らし出していた。

王都の中央広場から、商業ギルドの開門を告げる重々しい鐘の音が、澄み切った冬の空気を震わせて響き渡る。

ザク、ザク、と新雪を踏みしめる複数の足音が、孤児院の門前で止まった。

「へっ、見ろよあの板張りの窓を。昨夜のうちに火の気を全部抜いてやったからな、今頃はガキどもと抱き合って氷漬けになってる頃合いだぜ」

毛皮の襟巻きに顎を埋めたボルグが、白い息を吐きながら下卑た笑みを浮かべた。

その後ろには、昨夜窓を割って薪を奪った二人の用心棒と、もう一人――黒い法衣の上に商業ギルドの天秤紋章を刺繍した外套を羽織り、小脇に厚い羊皮紙の台帳を抱えた初老の男が控えていた。商業ギルドの強制執行官、マルクスだ。

「ボルグ殿、無駄話はいい。私はギルドの法規定に基づき、債務不履行の確認と担保物件の接収に来ただけだ。手続きを始めるぞ」

マルクスは感情の読めない冷徹な声で言うと、門を抜け、孤児院の重い木扉を拳で三度叩いた。

「商業ギルド強制執行官のマルクスである! 債権者ボルグ商会の申し立てにより、本日付で返済期限を迎えた債務の確認に来た。速やかに扉を開けなさい!」

「おいお前ら、どうせ寒さで動けねえんだろう。蹴り開けてやれ!」

ボルグが用心棒に顎をしゃくった、まさにその時だった。

ガチャリ、と内側から掛け金が外され、重い木扉が静かに開かれた。

「――なっ……!?」

踏み込もうとしたボルグの足が、敷居の前でピタリと止まった。

扉の向こうから流れ出てきたのは、氷室のような冷気でも、凍えて泣き叫ぶ子どもたちの悲鳴でもなかった。

頬を撫でる、春先のように柔らかく暖かい空気。そして、焼きたてのパンを温め直した香ばしい小麦の匂いだった。

広間の中心では、真鍮の心臓部を組み込まれた古い魔導ストーブが「ヴン……」と静かな駆動音を響かせ、格子窓から鮮やかな琥珀色の光を放っている。その周りでは、血色の良い顔をしたトマやリリィたち五人の子どもが、温かい白湯の入った木椀を手に、きちんとした身なりで椅子に座っていた。

そして、入口の正面には――昨日と同じく一點の曇りもない白銀の髪を整えたルークと、両手に白い包帯を巻きながらも、ヴェールを被らずに凛と背筋を伸ばしたヒルデガルドが静かに立っていた。

「……おはようございます、執行官殿。ならびにボルグ会頭。寒い中、ご足労いただき恐縮です」

ルークが穏やかな声で一礼すると、ボルグは目を白黒させ、背後の用心棒たちを怒りの形相で振り返った。

「お、おいテメエら! 昨夜、石も薪も全部回収してストーブを使えなくしたって言ったじゃねえか! なんであんなに暖まってやがるんだ!」

「し、知らねえよ会頭! 昨夜は確かに全部奪ったはずだ……!」

小声で狼狽える用心棒たちを尻目に、執行官のマルクスは一歩前へと進み出た。室内の暖かさにわずかに眉を動かしたものの、すぐに事務的な表情へと戻る。

「シスター・ヒルデガルドだな。手元の契約書によれば、貴殿はボルグ商会に対し、昨年の魔導石購入代金および利息として金貨三十枚の債務を負っている。本日この場で一括返済できなければ、担保であるこの土地と建物の所有権は即座にボルグ商会へと移転する。……金貨三十枚の用意はあるか?」

「……いいえ、執行官様。金貨の用意はございません」

ヒルデガルドは包帯の巻かれた両手を胸の前で重ね、黒い瞳でマルクスを真っ直ぐに見つめて答えた。

その言葉を聞いた瞬間、ボルグの顔に再び勝ち誇った笑みが戻った。

「ハッ、聞いたか執行官殿! 金は払えねえとよ! どうやってストーブを動かしたか知らねえが、金がなけりゃ終わりだ。さあ、今すぐ台帳に接収の印を押して、この忌み子どもを叩き出してくれ!」

「お待ちください、執行官殿」

ボルグの怒号を遮るように、ルークが一歩前に出て静かに手を挙げた。

「私はこの孤児院の魔道具管理を請け負っております、職人のルークと申します。金貨を支払う必要はありません。……商業ギルド法第四条には、『詐欺、および意図的に劣化させた違法な粗悪品の販売によって生じた債務は、遡ってすべて無効とする』と明記されているはずです」

広間の空気が、ピンと張り詰めた。

マルクスの細い目が、眼鏡の奥で鋭く光る。

「……ほう。ボルグ商会が売った魔導石が、違法な粗悪品であったと主張するのだな?」

「はい。こちらをご覧ください」

ルークは作業机の上から、昨日タガネで真っ二つに叩き割った「孤児院の魔導石」を取り上げ、マルクスの目の前に差し出した。

琥珀色の断面の中心に穿たれた不自然なドリルの穴と、そこから染み出して黒く固まった獣脂と炭の塊が、朝の光の下で生々しく晒される。

「これは昨日まで、そのストーブに入っていたボルグ商会の魔導石です。底からドリルで穴が開けられ、燃焼を三倍早めてストーブの回路を焼き切る不純物が詰め込まれていました。昨年の大寒波でヒルデガルドさんが大量の魔導石をツケで買わざるを得なくなったのは、ボルグ殿が最初からこの土地を奪うために、一晩で燃え尽きる違法な偽造品を売りつけたからです」

マルクスは割れた石を受け取り、断面から漂う焦げた脂の臭いを嗅いで険しく眉をひそめた。

「……確かに、悪質な加工跡だ。ボルグ殿、これはどういうことかね?」

一瞬だけ頬を引きつらせたボルグだったが、すぐに腹を揺らして大声で笑い飛ばした。

「ハッハッハ! 冗談じゃねえや、執行官殿! こんなもん、借金を踏み倒したい忌み子の小娘と、この貧乏職人が昨夜のうちにドリルで穴を開けて捏造したに決まってるでしょうが!」

ボルグは太い指でルークとヒルデガルドを交互に指差し、唾を飛ばして捲し立てた。

「だいたい、その割れた石ころのどこに『俺の商会が売った』という証拠があるんですかい!? 市場で買った安物の石に自分で脂を詰めて、俺になすりつけてるだけだ! 王都で手広く商売をして、高位貴族のお屋敷にも石を納めているこの俺と、穢れた黒髪の忌み子、どっちの言葉を信じるんです!?」

マルクスは割れた魔導石とボルグの顔を見比べ、やがて重々しくため息をついた。

「……職人のルークといったか。残念だが、ボルグ殿の言う通りだ」

マルクスは割れた石をルークへと返した。

「商業ギルドの法廷において、使用済みの、しかも割られた状態の魔導石は出所の証明ができない。この石にボルグ商会の刻印がない以上、これを根拠に公印付きの借用書を無効にすることは不可能だ。他に客観的な証拠がないのなら、これより強制執行の手続きに入る」

「へへっ、そういうこった! さあ、往生際の悪い真似はやめて、とっとと表へ出やがれ!」

ボルグが勝ち誇ったように胸を張り、用心棒たちが一歩前へと踏み出した。ヒルデガルドが息を呑み、子どもたちが不安そうにトマの背中へと隠れる。

だが、ルークの黄金の瞳は、微塵も揺らいでいなかった。

「――ええ、そうおっしゃると思っておりました。刻印のない孤児院の石だけでは、シラを切られるだろうとね」

ルークは懐から銀の懐中時計を取り出し、針の位置を確かめてパチンと蓋を閉じた。

「ですから、ボルグ商会の『刻印』がはっきりと残っている、別の被害者の方にお越しいただきました」

「……ああん? 別の被害者だと?」

ボルグが訝しげに眉をひそめた、その時だった。

パカラッ、パカラッ――と、表の舗装道路から、明らかに荷馬車とは違う、整備された四頭立ての馬車の重厚な車輪の音が近づいてきた。

孤児院の門前で馬のいななきが響き、馬車が止まる。

開け放たれたままの玄関扉の向こうに姿を現したのは、胸元に「金の獅子と薔薇」――王都で知らぬ者はいないヴァルモン侯爵家の家紋が入った黒塗りの馬車だった。

二人の屈強な侯爵家護衛騎士が馬車の脇を固める中、ステップを降りて広間へと足を踏み入れてきたのは、白髪を後ろへ撫でつけ、片眼鏡(モノクル)をかけた厳格な老紳士だった。

「なっ……せ、セバス様!? ヴァルモン侯爵家の筆頭家令であるセバス様が、なぜこのような薄汚い場所に……!?」

ボルグの声が、裏返った蛙のように奇妙に上擦った。

セバスは侯爵家の全財務と仕入れを一手に統括する実務の最高責任者であり、ボルグにとっては自分の商売の生殺与奪の権を握る、神にも等しい相手だった。

執行官のマルクスまでもが「これは、セバス筆頭家令殿……」と慌てて姿勢を正し、深く頭を下げる。

セバスはボルグの媚びるような笑顔には一瞥もくれず、冷ややかな足取りでルークの前へと歩み寄った。

「ルーク殿。夜明け前に貴殿の使いから緊急の書状を受け取り、検分のために参上した。……我がヴァルモン侯爵家に納品された魔導石に、看過できぬ不正があるというのは誠か」

「はい、セバス様。朝早くからご足労いただき感謝いたします。……トマ、あれを」

ルークが静かに声をかけると、後ろに控えていたトマとリリィが、白い布に包まれた二つの魔導石を両手で捧げ持つようにして前へと進み出た。

昨夜の猛吹雪の中、用心棒たちに蹴られながらも、ヒルデガルドと子どもたちが自分たちの体温で温めて守り抜いた石だ。

ルークはその石を受け取ると、執行官マルクスと、筆頭家令セバスの目の前にある作業机の上へと置いた。

「執行官殿、そしてセバス様。こちらの二つの魔導石は、昨日の朝、私がヴァルモン侯爵家のお屋敷のストーブ脇から引き取らせていただいた使用済みの石です。……まず、石の側面をご確認いただけますか」

マルクスとセバスが身を乗り出し、石の側面を覗き込んだ。

黒ずんだ表面の一部が丁寧に拭き取られたそこには、王都の貴族家に納品する特級品にのみ刻まれる『B・G(ボルグ商会)―特級〇四』という独自の検品刻印が、くっきりと刻み込まれていた。

「っ……! そ、それは確かに、うちが先月、侯爵家に納めた特級魔導石の刻印だが……それがどうしたっていうんだ! 侯爵家に納めた石は、どれも最高級品ばかりだぞ!」

ボルグが額に脂汗を浮かべながら叫ぶ。

ルークは初めて、その美しい顔に氷の刃のような冷笑を浮かべた。

「ええ、側面には立派な特級品の刻印がありますね。では次に――この孤児院の子どもたちが、昨日の夜、命懸けで黒い皮を削り落とした『石の底面』をご覧ください」

ルークが二つの魔導石を、ゴトリ、と裏返した。

朝の光に照らし出された琥珀色の底面。

そのど真ん中には、孤児院の石と全く同じ口径のドリルで穿たれ、上から透明な樹脂で巧妙に蓋をされた「不純物注入用の穴」が、誰の目にも明らかな形でぽっかりと口を開けていた。

「なっ……あ、あああっ……!?」

ボルグの喉から、空気が漏れるような引きつった悲鳴が上がった。

「孤児院に売った石は、三倍の速さで燃え尽きるよう大量の獣脂を詰めてありましたね。一方、こちらの侯爵家に納めた石は、見栄っ張りで燃費など気にしない貴族の目をごまかすため、穴を小さくして二割ほど早く黒ずむように調整した『水増し偽造品』です。昨日の朝、お屋敷のストーブからこれと全く同じ獣脂の焦げた臭いがしたことで、あなたの小細工に気づかせていただきましたよ、ボルグ会頭」

ルークの静かで理路整然とした声が、静まり返った広間に響き渡る。

筆頭家令セバスの片眼鏡の奥で、老いた瞳が怒りのあまりカッと見開かれた。セバスは震える白手袋の手で机の上のハンマーを掴むと、自らその特級魔導石へと振り下ろした。

ガツンッ! と石が割れ、中から黒く変質した獣脂と炭の粉末がこぼれ落ち、鼻を突く悪臭が立ち昇る。

「……ボルグ」

セバスの口から漏れたのは、吹雪よりも冷たい、地獄の底から響くような声だった。

「貴様……我がヴァルモン侯爵家を愚弄し、このような汚らわしいゴミを最高級品と偽って納めていたのか……!」

「ひっ、ち、違うんですセバス様! こ、これは何かの間違いで……!」

ボルグの顔から、すべての血の気が失せて土気色に変わった。

そして隣に立っていた執行官マルクスもまた、割れた侯爵家の石と、先ほどの孤児院の石のドリル跡を見比べ、氷のような眼差しでボルグへと向き直った。

「……ドリルの口径、不純物の成分、ともに完全に一致した。ボルグ商会の刻印がある特級石からこれが出た以上、もはや言い逃れの余地はない!」


お読みいただきありがとうございました。

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次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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