↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の魔道具職人と、世界で一番美しい黒のシスター  作者: 虹の箸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/9

過去からの謝罪と、春を待つ工房

「ま、待ってくれセバス様、執行官殿! 俺は知らねえ、これは下の職人が勝手にやったことで……っ!」

後ずさりながら見苦しく命乞いをするボルグの言葉を、誰も聞いてはいなかった。

「見苦しいぞ、ボルグ。貴様の商会の帳簿と倉庫を今すぐ封鎖して洗い直せば、この腐った獣脂の出所など一発で割れることだ」

執行官マルクスは冷酷に言い放つと、手にしていた羊皮紙の借用書を両手で掴み、ビリビリと真っ二つに引き裂いた。

「商業ギルド法第四条に基づき、ボルグ商会とこの孤児院との間に結ばれた金貨三十枚の債務契約は、悪質な詐欺によるものとして即時無効とする! 同時にボルグ商会の営業許可証は本日付で永久剥奪、全財産は被害者への賠償として差し押さえる!」

「そ、そんな……俺の金が、再開発の土地が……!」

膝から崩れ落ちたボルグだったが、ルークの追撃はそこでは終わらなかった。

「執行官殿、もう一点。昨夜の猛吹雪の最中、そちらの二人の用心棒が、この孤児院の窓ガラスを叩き割って侵入し、屋敷にあった薪と魔導石をすべて強奪していきました。シスター・ヒルデガルドを泥靴で蹴りつけた跡も、この外套にはっきりと残っています」

ルークが壁際に掛けてあった自分の革外套を示すと、用心棒の二人が「ひっ!」と顔を青くして逃げ出そうとした。

「騎士たち、その三人を引っ捕らえよ! 貴族家に対する詐欺に飽き足らず、夜盗の真似事まで働くとは、万死に値する!」

セバスの一喝とともに、玄関に控えていた侯爵家の護衛騎士たちが踏み込み、あっという間にボルグと用心棒たちの腕をねじ上げて後ろ手に縄をかけた。

「クソッ、離せ! ああ、俺の商会が……っ!」

泣き叫びながら雪道へと引きずり出されていくボルグたちの声が遠ざかると、マルクスは懐から一枚の古びた羊皮紙――担保として預けられていた「孤児院の土地の権利書」を取り出し、ヒルデガルドへと恭しく差し出した。

「シスター・ヒルデガルド。監督不行届きであったことを、商業ギルドを代表して謝罪する。この権利書は正真正銘、あなた方のものだ。後ほど、ボルグの差し押さえ財産から、昨夜の被害とこれまでの不当な魔導石代に対する十分な慰謝料を届けさせよう」

「あ……ありがとう、ございます……っ!」

震える包帯の手で権利書を受け取ったヒルデガルドが深く頭を下げると、トマやリリィたち子どもたちから「やったー!」「お家が守れたよ!」と弾けるような歓声が上がった。

マルクスが去ったあと、広間に残った筆頭家令セバスは、片眼鏡の奥の目を細めて室内を見回した。

彼の視線が止まったのは、広間を春のような温もりで満たしている魔導ストーブと、机の上に並んだ、子どもたちが削り出したばかりの「透き通った琥珀色の再生魔導石」だった。

「……ルーク殿。実を言うと、昨日の朝に貴殿が我が屋敷のストーブを修理して以来、奥様もお嬢様方も『これまでの半分以下の石で、信じられないほど部屋が暖まる』と大変驚かれていたのだ」

セバスは机の上の再生魔導石を一つ手に取り、光に透かして感嘆の息を漏らした。

「そして、この一点の曇りもない見事な削り出し……。これまで我が侯爵家がゴミとして捨てていた石が、これほど美しい輝きを取り戻すとは。ボルグのような詐欺師に大金を払っていたのが実に馬鹿馬鹿しい」

セバスはルークへと向き直ると、白髪頭を深く下げた。

「ルーク殿。これまでは貴殿のその見事な容姿ばかりが屋敷で噂になっていたが、私の目が節穴であった。貴殿は王都随一の、本物の魔道具職人だ。……どうか、今後のヴァルモン侯爵家のすべての魔道具の保守と、この『再生魔導石』の正式な納入を、貴殿の工房と、ここにいる優秀な小さな職人たちに一任させてはもらえまいか」

ルークの黄金の瞳が、わずかに見開かれた。

この世界に生まれてからずっと、誰もが彼の「白銀の髪と顔」ばかりを見て、その手が生み出す仕事を見ようとはしなかった。だが今、王都で最も厳格な侯爵家の筆頭家令が、ルークの「技術」と、子どもたちの「手仕事」に対して、深々と頭を下げている。

「……光栄です、セバス様。うちの小さな助手たちは、王都で一番いい仕事をしますよ。喜んでお引き受けいたします」

ルークが職人としての誇りを込めて力強く頷くと、トマたちは誇らしげに胸を張り、セバスもまた満足そうに微笑んで屋敷へと帰っていった。

すべての嵐が過ぎ去り、再びその日の夜が訪れた。

新しく打ち直された窓枠が外の冷気を完全に遮断し、広間にはストーブの琥珀色の灯火と、パチパチと魔力が弾ける穏やかな音だけが満ちていた。お昼にたっぷり泣いて騒いだ子どもたちは、お腹いっぱいに温かいスープを飲み、今は毛布の上で幸せそうに寝息を立てている。

部屋の隅の小さな椅子に座ったヒルデガルドの前で、ルークは片膝をつき、彼女の両手の包帯を新しいものへと巻き直していた。

「……痛まないかい、ヒルダさん」

「はい。ルーク様のお薬のおかげで、もう嘘みたいに痛みが引きました」

包帯を留め終えたルークの手が、そのまま彼女の小さな手をそっと包み込む。

ヒルデガルドは逃げなかった。ランプの温かい光に照らされたルークの横顔を、吸い込まれそうな漆黒の瞳でじっと見つめている。

「ルーク様。……本当に、何から何までありがとうございました。あなたが私たちの手を離さないでいてくださったから、この場所も、あの子たちの笑顔も、全部守ることができました」

「……礼を言うのは、俺の方だよ」

ルークはふっと肩の力を抜き、自分の掌の中にある彼女の温かい手を見つめた。

前世のあの夕暮れ、冷たい階段の下で、自分は何もできずに彼女の腕の中で死んでいった。自分のせいで彼女に一生消えない傷と罪悪感を背負わせてしまったのではないかという後悔が、十数年間、ルークの魂をずっと縛り付けていたのだ。

けれど今、目の前には、自分の技術で守り抜くことができた彼女の笑顔がある。

安堵で胸がいっぱいになったルークの唇から、思わず、前世の「蒼太」としての素の言葉が静かにこぼれ落ちた。

「……やっと、少しだけ返せた気がする。あの時は、俺なんかを必死に守ってくれて、本当にありがとう」

静かな、独り言のような呟きだった。

「え……? あの時って、いつの……」

ヒルデガルドが不思議そうに首を傾げた、その瞬間だった。

ランプの光が揺れ、顔を隠すように少しだけ不器用に照れて俯いたルークの横顔が、彼女の脳裏の奥底にある「開かずの扉」をノックした。

ズキン、と胸の奥が熱く脈打つ。

昨日の夜、うなされながら見た夕暮れの階段の夢。自分と幼い妹を背中で庇い、血を流して倒れていた、不器用で誰よりも優しかった少年の瞳。

その少年の魂の輪郭が、目の前で自分の手を優しく握っている白銀の青年の温もりと、寸分の狂いもなくピタリと重なり合った。

「あ……っ」

ヒルデガルドの漆黒の瞳が、大きく揺れた。

理由なんて分からなかった。それがいつ、どこの世界の出来事なのかも、まだ霞の向こうにあって思い出せない。けれど、魂の奥底にずっと溜まっていた言葉だけが、熱い涙となって彼女の瞳からポロポロと溢れ出した。

「……ちが、うの……。私の方こそ、ごめんなさい……」

ヒルデガルドは包帯の巻かれた両手で、ルークの大きな手をぎゅっと握り返した。

「あなたを、信じてあげられなくて……。ひどいことを言って、私のせいで、あなたを傷つけて……。ずっと、ずっと、謝りたかったの……っ!」

しゃくり上げながら、子どものように涙をこぼすヒルデガルド。

その言葉が耳に届いた瞬間、ルークの黄金の瞳から、熱い雫が一筋、つっと頬を伝って流れ落ちた。

十数年の時と、死の壁を越えて、ようやく届いた彼女の謝罪。あの日の旧校舎で止まっていた二人の時計の針が、琥珀色の灯火の下で、ようやく再び動き出した瞬間だった。

「……えっ? あ、あの、私、どうして急にこんなことを……っ! ご、ごめんなさいルーク様、私、なんだか頭がぼーっとして、変なことを口走ってしまって……!」

ハッと我に返ったヒルデガルドが、自分の言った言葉の意味が分からず、耳まで真っ赤にして慌てふためく。

ルークは涙の跡を親指で拭うと、そんな愛おしくてたまらない少女の顔を真っ直ぐに見つめ、これまでで一番優しい笑顔を浮かべた。

「いいんだ。全部、わかっているから」

ルークは立ち上がり、彼女の艶やかな黒髪にそっと手を添えて、慈しむように撫でた。

「これから先、何があっても、俺のこの手が君と子どもたちを温め続ける。……もう二度と、君を一人にはしないよ。ヒルダ」

初めて名前だけを呼ばれたヒルデガルドは、ルークの掌の温もりに頬を寄せ、涙に濡れた漆黒の瞳で、花が咲くように頷いた。

窓の外では、長かった冬の雲がすっかり晴れ、新しい朝の光が白銀の街並みをキラキラと照らし始めていた。


お読みいただきありがとうございました。

もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。