還す者
翌朝、雨月雅之と平圭は、三柱鳥居のある神社へ向かった。境内の掃除をしていたのは、神主の松平秀麿だった。
「松平さん、朝早くからすみません。少し伺いたいことが」
「雨月さんですか。ちょうど良かった、こちらからも連絡しようと思っていたところです」
松平は箒を置き、懐から白い布に包まれたものを取り出した。開くと、そこには江刺家が作った数珠があった。
「これは……江刺家さんの数珠。松平さんが持っていたんですか」
「はい。土志田さんの研究室から、無断で持ち出したのは私です」
平が驚いた顔で一歩前に出るが、雨月がそれを手で制した。
「事情を聞かせてもらえますか」
松平は静かに頷いた。
「石板の一部を混ぜた数珠だと聞いた時、私は胸騒ぎがしました。あの石室は、千数百年、静かに眠っていたものです。その欠片を、研究室の棚に無造作に置いておくのは……正しくないと思ったんです」
「だから、持ち出したと」
「はい。せめて一度、正式な形でお祓いをしてから、お返ししようと思っていました。土志田さんには、後で必ず説明するつもりでした。連絡が遅くなったのは、私の落ち度です」
松平は深く頭を下げた。
「島田さんの夢の話も聞きました。“白い数珠が山へ転がる”というのは、案外、当たっていたのかもしれませんね。私が、この数珠を境内に持ち帰っていたんですから」
雨月は溜息をつきながらも、どこか安堵した表情を見せた。
「事件性はなさそうですね。ただ、土志田さんには、ちゃんと謝ってください」
「もちろんです」
その日の午後、松平は土志田沙彩、江刺家友蔵、根古親司を神社に招き、数珠を用いた簡単な祓いの儀式を行った。石室から出た古い魂と、命のビザによって救われた人々の記憶――二つの層が、静かに一つの祈りの中で重ねられた。
「これで、少しは落ち着いた気がします」
土志田がそう呟くと、江刺家も頷いた。
「数珠は、また作り直します。今度は、きちんと社に納める形で」
工藤俊一と秋月小五郎は、境内の隅からその様子を眺めていた。
「秋月さん、結局、事件らしい事件じゃなかったな」
「そうだな。でも、悪い休暇じゃなかった。たまにはこういうのもいい」
柊澪も、道場仲間に誘われてその場に居合わせていた。
「なんだか、可児って町は、変な事件が多いけど……最後はいつも、こういう静かな形になるんですね」
根古親司は、境内の隅で丸くなっているヤマトを見つけ、そっと抱き上げた。
「そうだな。派手な事件より、こういう終わり方の方が、この町らしい」
夕暮れの境内に、線香の香りが静かに漂っていた。三柱鳥居は、いつものように、何も語らずそこに立っていた。




