↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
可児奇譚  作者: 賀茂丈晴
PR
83/83

物書きの矜持

 小説家の佐藤直樹が可児を訪れたのは、儀式が行われた数日後のことだった。太田豊の茶店「ラクカ」で、根古親司と顔を合わせる。


「根古さん、お久しぶりです。実は、山田さんから少し話を聞いて」


「山田さんから? あの人、結局何も書かなかったはずだが」


「書かなかったんです。だからこそ、私に話してくれたんだと思います。“これは記事にはできないが、誰かが物語として残してもいいかもしれない”と」


 根古は少し眉をひそめた。


「小説にする、ってことか」


「事実そのままではなく、あくまで“フィクション”として。名前も土地も変えます。命のビザの子孫の話も、石室の話も、直接には書きません。ただ、“帰る場所を探す人々”の物語として、書きたいと思っています」


 太田がカウンターの向こうから口を挟んだ。


「佐藤さん、それはつまり、真実を隠すための創作ってことですか」


「いえ、逆です」佐藤は静かに首を振った。「事実を暴くことが、必ずしも真実に近づくとは限らない。時には、フィクションという形にすることで、初めて誰かが安心して読める真実もある。そう思っています」


 根古はしばらく黒猫のヤマトの背を撫でながら、考え込んでいた。


「一石さんや、木下さんに、断りは入れるのか」


「もちろんです。お二人が“それなら”と言ってくださらなければ、書きません」


 その後、佐藤は木下千恵と一石誠二、それぞれに会って丁寧に説明した。木下は少し考えてから頷いた。


「祖母の話が、誰かの心に残る形になるなら……いいと思います。名前は変えてくださいね」


 一石も、静かに応じた。


「フィクションという名の器に入れることで、真実が守られることもあります。我々としても、それは有難い形です」


 可児署の雨月雅之は、この一連の顛末を聞いて、苦笑いを浮かべた。


「記者は書かないと決め、小説家は形を変えて書くことにした。この町の“事件”は、いつもこうして、誰かの選択の上に静かに終わるんだな」


 小倉裕司も、多治見署の窓から山の方を眺めながら呟いた。


「静かに終わる、それが一番いいんだろうな。少なくとも、今回はそうだった」


 可児の夏の終わりに、また一つの物語が、記録ではなく記憶として、そっと町に残された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。