消えた数珠
土志田沙彩は、大学の研究室で頭を抱えていた。石板の欠片を混ぜ込んだ数珠は、彼女にとって単なる装飾品ではなく、発掘の記録の一部でもあった。
「江刺家さんから受け取って、確かに研究室の棚に置いたはずなんです。それが、いつの間にか」
工藤俊一が棚を眺めながら尋ねる。
「鍵はかかっていましたか」
「かかっていました。でも……最近、見学者が何人か出入りしていて」
「見学者、というと」
「地質学の小此木さんの紹介で、大学の学生や、あと……YouTuberの方が二人、取材と称して来ていました」
秋月小五郎が眉を上げた。
「YouTuber?」
「遠山巖さんと遠山京子さんという、兄妹でやっているチャンネルの方です。“歴史ミステリー”を扱っているとかで」
工藤と秋月は顔を見合わせた。地元の人間ではない第三者が出入りしていたとなると、話は一気に広がる。
同じ頃、可児署の雨月雅之のもとにも、別の報告が上がっていた。占い師の島田司が、「妙な夢を見た」と、わざわざ署まで足を運んできたのだ。
「雨月さん、こんな話、信じてもらえないかもしれませんが」
「まあ、聞くだけは聞きますよ」
「白い数珠が、山の方角へ転がっていく夢を、三晩続けて見たんです。占いというより、虫の知らせみたいなものですが」
雨月は内心、イエンガーの一件を思い出していた。この町では、こういう「勘」や「予知」めいた話を、簡単には笑い飛ばせなくなっている。
「山の方角、というのは、具体的にどのあたりです」
「三柱鳥居のある方角です」
雨月は、椅子から立ち上がった。
一方、遠山巖・京子の兄妹は、可児近郊のビジネスホテルで、撮影した映像を確認していた。
「兄さん、これ見て。研究室の棚、映ってるよね」
「映ってるな。でも、数珠そのものは映ってない。誰かが持ち出したところは撮れてない」
「配信、しちゃう? “大学から消えた謎の数珠”ってタイトルで」
巖はしばらく考えてから、首を振った。
「いや、待て。ここ最近、この町の話題は……何か、俺たちが踏み込んじゃいけない領域な気がする」
京子は少し不満げだったが、兄の言葉に頷いた。
その夜、江刺家友蔵の工房に、一本の電話が入った。名乗らない声の主が、静かにこう告げた。
「数珠は、私が預かっています。心配はいりません。ただ、これは正しい場所に還すためです」
電話はそれだけ言って切れた。江刺家は受話器を握りしめたまま、しばらく動けなかった。




