休暇中の探偵
石室の発掘騒ぎが落ち着いてから、可児の町にはようやく普段の空気が戻っていた。合気道場の帰り道、柊澪は道場の裏の空き地で、見慣れない中年の男二人が缶コーヒーを片手に立ち話をしているのに気づいた。
「秋月さん、休暇のはずなのに、また事件の匂いを探してるでしょう」
「工藤、俺は探してない。ただ、この町、妙に静かすぎて落ち着かないんだよ」
横浜の私立探偵・工藤俊一と、元警視庁刑事の秋月小五郎だった。工藤は休養のために可児近くの温泉地を訪れていたのだが、秋月がわざわざ付いてきていた。
澪は二人の会話が耳に入り、思わず足を止めた。
「すみません、事件の匂いって、どういうことですか」
工藤が驚いた顔で澪を見る。
「いや、こっちの話でね。お嬢さん、地元の方?」
「はい。合気道をやってます。柊澪といいます」
秋月が興味深そうに目を細める。
「合気道か。ちょうどいい、実は今朝、妙なものを見つけてね」
二人が澪に見せたのは、道場の裏の草むらで拾ったという、古い数珠の一部だった。木製の玉が数個、糸から外れて散らばっていた。
「数珠……江刺家さんの店のものかもしれません。この辺で数珠を作っているのは、あの方だけです」
澪の言葉に、工藤の目が光った。
「数珠職人、ね。ちょっと話を聞いてみるか」
三人は連れ立って、数珠職人・江刺家友蔵の工房を訪ねた。江刺家は、彫刻刀を置いて三人を迎えた。
「これは……確かに私が作った数珠の一部です。でも、なぜこんな場所に落ちていたのか」
「江刺家さん、この数珠、最近誰かに渡したものですか」
「実は、少し前に、土志田さんという歴史学者の方から依頼を受けたんです。石室から出た石板の一部を、供養の意味で数珠に混ぜてほしいと」
その言葉に、工藤と秋月は顔を見合わせた。
「石室……石板を、数珠に?」
「はい。土志田さんは、“古い魂を鎮めるため”とおっしゃっていました。私は、そういう意味の仕事は大切だと思って、お受けしたんです」
澪が不安げに尋ねる。
「その数珠、今どこにあるんですか」
江刺家は少し困った顔をした。
「それが……三日前に土志田さんに納品したはずなんですが、今朝、彼女から“数珠が見当たらない”という電話がありました」
工藤が缶コーヒーを飲み干し、静かに言った。
「秋月さん、休暇はもう少し延びそうだな」
「言われると思ったよ」
道場裏の空き地に落ちていた数珠の欠片。それは、静かに終わったはずの物語に、また新しい波紋を投げかけていた。




