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可児奇譚  作者: 賀茂丈晴
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地の底の声

 雨は林道を叩きつけるように降っていた。江戸川勉と安藤修の車が、祠の近くに着いた時、山田貴明はちょうど滑りやすくなった斜面の縁に立っていた。


「山田さん! そこは危ない、下がってください!」


 江戸川の声に山田が振り返った瞬間、足元の土が音を立てて崩れた。


「うわっ――」


 山田の身体が斜面に半分呑まれる。安藤が咄嗟に飛び出し、山田の腕を掴んだ。


「安藤さん、無理に引くと二人とも落ちますよ!」


 江戸川が背後からロープ代わりに車のシートベルトを外して投げる。三人が力を合わせ、ようやく山田を斜面の上まで引き上げた頃には、全員が泥と雨でずぶ濡れになっていた。


「山田さん、無事ですか」


「……すみません。すみません、本当に」


 山田は肩で息をしながら、ようやく声を出した。生きた心地がしなかったのだろう。


 その騒ぎのさなか、地盤が緩んだことで、祠の脇の斜面がさらに崩れ、地中から新たな空間が露出した。駆けつけた坂東直樹と土志田沙彩が、雨に濡れながらそれを覗き込む。


「これは……木箱じゃない。もっと古い、石室のようなものです」


 坂東の声には興奮と警戒が入り混じっていた。中には、風化した石板と、金属製の小さな箱があった。


 連絡を受けて駆けつけた一石誠二が、雨の中、静かにそれを見つめていた。


「……これは、思っていたより古いものかもしれません」


「古いというのは、どれくらいだ」根古が問う。


「杉原千畝の時代より、はるかに前です。景教――ネストリウス派の遺物である可能性があります。もし本当にそうなら、これは我が国の話ではなく、もっと大きな、人類の記録の話になります」


 その言葉に、その場にいた全員が言葉を失った。木下千恵の家系の話、命のビザの話、そして今度は千数百年前の渡来の記録――可児の山中に、幾層もの歴史が重なって埋まっていたのだ。


 安田達郎が本部に報告する電話の声が、雨音に混じって聞こえた。


「……いえ、事件性はありません。ただ、これは学術的にも、外交的にも、慎重な対応が必要です」


 山田貴明は、ずぶ濡れのまま、その光景をただ見つめていた。もう記事にできるかどうかという考えは、頭の中から消えていた。


「江戸川さん……俺、とんでもないものを覗いてしまったのかもしれません」


 江戸川は、雨に濡れた眼鏡を拭きながら、静かに答えた。


「覗いたんじゃなく、呼ばれたのかもしれませんよ。こういう場所は、時々そういうことがあります」


 雨は、夜になっても止まなかった。

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