踏み込む記者
山田貴明は、江戸川探偵事務所からの返事を待たなかった。彼は独自に、ドローンが撮影した林道の場所を割り出し、単身で現地へ向かった。
「取材は“待つ”仕事だと思われがちだが、時には“踏み込む”仕事でもある」
そう自分に言い聞かせながら、山田は三柱鳥居の祠から少し離れた木立の中にカメラを構えていた。
そこに現れたのは、思いがけない相手だった。ジェイコブ・ラファエルとアンナ・レヴィである。二人は今度は変装すらしていなかった。
「そこで何をしている」
ラファエルの日本語は硬かったが、意味は十分に伝わった。山田は一瞬身をすくめたが、記者としての意地がそれを上回った。
「取材です。あなた方は、イスラエル大使館の関係者ですよね。ここで何を調べているんですか」
アンナ・レヴィが、静かにラファエルを制するように前へ出た。
「山田さん、ですよね。名前は知っています」
「……なぜ、私の名前を」
「あなたが動けば動くほど、私たちの仕事も難しくなる。それだけです」
山田はカメラを下ろさなかった。
「なら、教えてください。三柱鳥居の下にあったものは、本当に杉原千畝の名簿だけだったんですか。それとも、もっと別の――」
その時、林道の奥からもう一台の車が近づいてくる音がした。江戸川勉と安藤修の車だった。二人は山田を追ってここまで来ていたのだ。
「山田さん! 勝手に動くのはまずいですよ」
江戸川が車から降りながら声を上げる。ラファエルとレヴィは、江戸川たちの姿を確認すると、それ以上の会話を避けるように、静かに木立の奥へ引き返していった。
「待ってください!」
山田が追おうとしたが、安藤がその肩を掴んだ。
「やめておきましょう。あの二人、格闘の訓練を受けた動きです。今、あなたが下手に近づいたら、記者じゃなくて“標的”になりますよ」
山田は苦い顔で足を止めた。
「……分かってます。でも、このままじゃ、記事にできる材料が何もない」
江戸川は少し考えてから言った。
「材料がないなら、待つしかないでしょう。ただ、一つだけ言えることがあります。あの二人は“威嚇”に来たわけじゃない。“確認”に来たんです」
「確認、何を」
「あなたが、どこまで知っているか。そして、それを誰かに話す気があるか、をね」
山田はその言葉に、背筋が冷たくなるのを感じた。
その夜、可児署に一本の電話が入った。イスラエル大使館の一石誠二からだった。雨月雅之が対応する。
「雨月さん、率直に言います。山田という記者、少し危険な位置にいます。我々の方でも、彼への接触を最小限にするよう指示は出していますが……こちらとしても、彼に自重してもらえると助かります」
「大使館側から、そういう要請が来るとは思いませんでしたよ」
「これは要請というより、忠告です。この件、誰にとっても“静かに終わる”のが一番いい結末なんですよ」
電話を切った後、雨月は椅子に深く座り、天井を見上げた。
「静かに終わる、か。そう簡単にいくとは思えないがな」




