「三本目の柱」
根古とヘイブンスが対面した翌朝、可児署の会議室には異例の面々が揃っていた。
雨月雅之、安田達郎、そして――一石誠二。
「単刀直入に伺います」と一石は静かに切り出した。
「三柱鳥居の下にあるものは、我々にとっても、決して公にできない性質のものです」
「聖櫃だとでも?」根古が皮肉交じりに問うと、一石は微かに笑った。
「アークではありませんよ、根古さん。もっと人間的な――そして、もっと重いものです」
同時刻、土志田沙彩と坂東直樹は、雨に濡れた古い木箱を掘り出していた。
第四話で解読された暗号――雨の日にだけ浮き上がる特殊な墨で書かれた文書――が示していた座標は、三柱鳥居から二百メートル離れた祠の床下だった。
木箱の中には、色褪せた紙の束。杉原千畝の名で発給された通過ビザの写しと、それを受けて日本に渡った家族の名簿。
そして、その子孫の一部が、この地に住み続けていることを示す戸籍の断片。
「木下さん……動物病院の木下千恵さんの祖母の名が、ここに」
坂東の声が震えた。地元で生きてきた人々の中に、静かに続いていた歴史があったのだ。
この事実こそが、NSAとイスラエル側双方が探していたものだった。
冷戦期、ある人物の身元照会のためにこの名簿が必要とされ、以来行方不明になっていたという。ヘイブンスが言う。
「政治的な意味はもう薄い。だが、これは“誰かの帰る場所を確かめる”ための記録だ。放っておくわけにはいかなかった」
一石も頷く。
「我々にとっても、これは戦争の記憶を継ぐ者への、最後の手紙のようなものです」
林道で江戸川たちを尾行していたジェイコブ・ラファエルとアンナ・レヴィは、結局、接触することなく引き上げていった。
彼らの役目は、あくまで「見届け、記録すること」だったらしい。
小倉裕司は安田達郎に電話をかけた。
「一応、収まりました。ただ、うちの管内にこんな話が眠っていたとは、思いもよりませんでしたよ」
「事件じゃなかった、それでいい。可児の話は、可児の話のままにしておけ」
夜、根古は縁側でヤマトを撫でながら、ヘイブンスに問うた。
「で、お前は結局、何を守りに来たんだ?」
「さあな」とヘイブンスは笑った。
「ただ、イエンガーの“事故の匂い”は、案外――誰かがようやく帰れる、という意味だったのかもしれないな」
空にはまだ雨雲が残っていたが、風は心地よく、山の緑を揺らしていた。




