「冬の集い」
話し合いの場は、西野の教会で持たれることになった。 年の瀬も近い、静かな午後だった。
教会の長椅子には、片桐レナードと、モーシェ・吉田、節子が並んで座っていた。
車椅子に乗った清一も、施設のスタッフの付き添いで来ていた。
清一と節子は、隣同士に座り、時折、小さく言葉を交わしていた。
美也子と康介の姿もあった。
康介は執行猶予中の身であったが、この場への出席は認められていた。文吉の娘・加代も、静かに椅子に座っていた。
義雄は、体調の都合で出席が叶わなかったが、代わりに、施設のスタッフを通じて、短い手紙を根古に託していた。
そして、安藤浩一が、少し緊張した面持ちで、部屋の隅に立っていた。
根古が、財産の一覧と、木下家当主のノートの写しを、全員の前に提示した。
「まず、経緯を整理します」根古は言った。
「この財産は、戦後の混乱期、木下家が保管していたものです。当初、安藤家との取り決めにより、一部を譲渡する約束がありましたが、安藤家がその原因となった機密文書をソ連に売り渡したことで、取り決めは事実上、無効になりました」
浩一が、静かに口を開いた。 「その通りです」浩一は言った。「儂は、祖父の代の話を、都合の良い部分だけ聞かされて育ちました。今回、根古さんに、全ての経緯を見せてもらい、安藤家に、正当な権利がないことを、理解しました」
根古は続けた。 「ですが、この財産を巡る因縁の中で、多くの人が犠牲になりました」根古は言った。「片桐さん、モーシェさん、清一さんと節子さん、俺の父、そして??文吉さん」
根古は、加代を見た。
「文吉さんの犠牲がなければ、清一さんが生きていることも、この財産のことも、表に出ることはなかったかもしれません」根古は言った。
「だからこそ、この財産の一部は、文吉さんの遺族にも、分配されるべきだと考えます」
加代は、静かに頭を下げた。
「父が、こんな形で、報われるとは思っていませんでした」加代は言った。「ありがたく、受け取らせていただきます」
「美術品や金塊としての価値のあるものは、専門家の査定を経て、公正な形で分配します」根古は言った。
「ただし、当主の日記や、歴史的な価値のある書類については、木下家の記録として、しかるべき機関に寄贈することを提案します」
全員が、頷いた。
片桐が、静かに口を開いた。 「儂は、財産を受け取る立場にはない」片桐は言った。
「ただ、一つだけ、望みがある」 「何でしょうか」根古は聞いた。
「ボリスの遺族??ダニロたちにも、この件を伝えてほしい」片桐は言った。
「ボリスもまた、この因縁の中で、命を落とした一人だ」 「もちろんです」根古は言った。
「ダニロには、すでに連絡してあります。ウクライナの状況が落ち着いたら、改めて、彼にも分配の話をします」
モーシェが、節子と清一を見た。
「これで、七十年の因縁に、一つの区切りがついたということか」モーシェは言った。
「区切り、というのは、正しい言葉かもしれません」西野が言った。
「完全に消えることはないでしょう。でも、これ以上、新しい犠牲者を生まないための、区切りです」
浩一が、根古の前に進み出た。 「根古さん」浩一は言った。
「儂からも、一つ、提案があります」 「何でしょう」 「安藤家として、正式に、木下家、そして今回の件に関わった皆さんに、謝罪します」浩一は、深く頭を下げた。
「そして、儂に分配される財産があれば、その一部を、文吉さんの遺族と、ボリスさんの遺族への支援に、充てさせてほしい」
加代が、驚いた表情で浩一を見た。
「そこまでしていただく必要は」 「いえ」浩一は言った。「これは、儂自身の、けじめです」
根古は、浩一を見て、静かに頷いた。 「その申し出は、ありがたく受けます」根古は言った。
*
話し合いが終わり、教会の外に出ると、冬の澄んだ空が広がっていた。
根古は、木曽川の方角を見た。
由紀子が、隣に立った。 「これで、可児の因縁も、一区切りですね」由紀子は言った。
「一区切りだ」根古は言った。
「だが、人の営みが続く限り、また新しい因縁が生まれるのかもしれない」 「それでも」由紀子は言った。
「今回のように、それを断ち切ろうとする人間がいる限り、大丈夫だと思います」
根古は、小さく笑った。 「あんたも、その一人だ」根古は言った。
「あなたもです」由紀子は言った。
冬の陽が、木曽川の水面に、静かに反射していた。
根古は、コートの襟を立て、川沿いの道を歩き出した。




