「裏山の蔵」
木下邸の焼け跡の裏手には、なだらかな山が広がっていた。
根古は、清一の記憶を頼りに、由紀子、そしてダニロと共に、山道を登った。
「この辺りのはずだ」清一の言葉を思い出しながら、根古は周囲を見渡した。
「大きな杉の木が、目印だったと」
しばらく歩くと、ひときわ太い杉の木が、根古たちの前に現れた。 「これか」根古は言った。
杉の木の根元付近を、ダニロが金属探知機で調べ始めた。
「反応があります」ダニロが言った。「地中に、何か金属質のものがあります」
根古は、周囲の地面をよく観察した。
落ち葉に覆われているが、よく見ると、地面が不自然に平らになっている一角があった。
「掘ってみよう」根古は言った。
三人で、持参したスコップを使い、慎重に掘り進めた。
三十分ほど作業を続けると、コンクリートの蓋のようなものが現れた。
「戦時中の防空壕か、貯蔵庫のようなものかもしれません」由紀子が言った。
蓋を持ち上げると、狭い階段が下に続いていた。 根古が懐中電灯を持って、先に降りた。
中は、木下邸の地下室よりも、さらに小さな空間だった。 棚に、いくつかの木箱が並んでいる。
根古は、一番手前の木箱を開けた。 中には、油紙に包まれた、古い掛け軸が数本、収められていた。
「美術品か」根古は呟いた。
次の箱には、小さな仏像と、古銭の入った袋が入っていた。
三つ目の箱を開けると、金の延べ棒らしきものが、いくつか並んでいた。
「本当にあった……」由紀子が息を呑んだ。
「清一さんの言っていたことは、本当だったんだな」根古は言った。
その時、外で物音がした。 根古たちが顔を見合わせた。
「誰か来た」ダニロが低い声で言った。
根古が階段を上ると、蔵の入り口に、数人の人影が立っていた。
懐中電灯の光の中に、見覚えのない男が三人、そして少し離れた場所に、スーツを着た中年の男が立っていた。
「安藤浩一さんですか」根古は聞いた。
男は、根古を見て、小さく笑った。 「根古親司さんですね。噂は聞いています」浩一は言った。
「木下家の因縁を解決した、探偵気取りの男だと」 「探偵じゃない。ただ、真実を追っているだけだ」 「同じことです」浩一は言った。
「先に見つけられて、残念ですが……その財産は、本来、安藤家が受け取るべきものです」
「なぜ、安藤家のものだと言えるんだ」根古は聞いた。
「木下家の財産は、戦後の混乱の中で、安藤家との取り決めによって、一部が安藤家に渡されるはずだった」浩一は言った。
「その約束が、義雄の代の裏切りによって、反故にされた。儂は、その正当な権利を、取り戻そうとしているだけだ」
「取り決めの証拠は、あるのか」根古は聞いた。
「祖父の代の書類が、一部残っている」浩一は言った。「詳しいことを話すつもりはないが」
根古は、浩一の後ろに立つ、三人の男たちを見た。
体格からして、ただの不動産関係者ではなさそうだった。
「力ずくで、持っていくつもりか」根古は言った。
「穏便に済ませたい」浩一は言った。「だが、必要なら、そうする」
ダニロが、根古の隣に立った。
「三対三だ」ダニロは、低い声で言った。「悪くない条件だ」
由紀子が、静かに携帯を取り出した。 「一石さんに連絡します」由紀子は小声で言った。
「大使館経由で、応援を呼べます」 「時間がかかる」根古は言った。「その前に、話をつける」
根古は、浩一に向き直った。 「取引をしよう」根古は言った。
「財産の一部は、正当な調査を経て、然るべき機関に届け出る。安藤家の主張についても、証拠があるなら、聞く用意がある。だが、力ずくで奪うことは、認めない」
浩一は、しばらく根古を見つめていた。
「儂も、荒事は好まない」浩一は、やがて言った。
「だが、根古さん、あんたは、まだ何も分かっていない」 「何のことだ」 「この財産の一部は」浩一は言った。
「単なる金塊や美術品の話じゃない。もっと大きな意味を持つものが、その中にある」
根古は、地下の蔵を振り返った。
「どういう意味だ」
浩一は、静かに笑った。 「奥の箱を、開けてみるといい」浩一は言った。
「儂は、今日のところは、引く。だが、この話は、まだ終わっていない」
浩一と男たちは、闇の中に消えていった。
根古は、地下に戻り、奥に残されていた、最後の木箱を開けた。
中には、古い写真の束と、一冊のノートが入っていた。
根古は、ノートの表紙を見た。 達筆な文字で、こう書かれていた。
――木下家当主・記




