「夜空のドローン」
冬に入り、木曽川沿いの空気も一段と冷たくなっていた。
根古の事務所に、地元の農家から相談が持ち込まれたのは、十二月最初の週だった。
「夜中に、変な光が飛んでいるんです」訪ねてきたのは、可児市郊外で果樹園を営む男、七十代の岩瀬だった。「ドローンだと思うんですが、うちの畑の上を、何度も低く飛んでいる」 「警察には?」根古が聞いた。 「届けました。でも、証拠がないと、動きようがないと言われました」岩瀬は言った。
「根古さんの噂を聞いて、来ました。木下家の因縁の件を、解決したという」
根古は苦笑した。噂は、思ったより広まっているらしい。 「詳しく話してもらえますか」
岩瀬によれば、深夜二時頃、決まって同じような時間帯に、小型のドローンが畑の上空を旋回するのを、ここ二週間ほど、繰り返し目撃しているという。
「何か、探しているような飛び方なんです」岩瀬は言った。
「ただ飛んでいるんじゃなくて、地面を照らしながら、行ったり来たりしている」 「畑の下に、何かあるんですか」 「さあ」岩瀬は首をかしげた。「先祖代々の土地ですが、特別なものがあるとは、聞いたことがありません」
根古は、由紀子に連絡した。 「ドローンの件、興味があるか」根古は聞いた。
「もちろんです」由紀子はすぐに答えた。「岐阜県内で、最近、似たような報告がいくつか上がっています。個別の家の話だと思われていましたが、パターンがあるとしたら、見過ごせません」
*
その夜、根古と由紀子、そしてダニロが一時帰国していたこともあり、三人で岩瀬の果樹園に張り込むことになった。
ダニロはウクライナで、ドローン関連の技術に詳しい友人がいるとのことで、機材の扱いにも明るかった。
「ウクライナでは、ドローンは日常の道具になっています」ダニロは、暗視スコープを覗きながら言った。
「軍事用だけでなく、農業や物流にも使われる。逆に言えば、悪用の仕方も、色々と知っています」
午前一時を過ぎた頃、東の空から、小さな光点が近づいてきた。 「来ました」ダニロが低い声で言った。
光点は、畑の上空でゆっくりと旋回を始めた。地面に向けて、赤外線らしき光を照射している。
「サーモグラフィで、地中の何かを探している可能性があります」ダニロは言った。
「熱源反応、あるいは、埋設物の温度差を見ているのかもしれません」 「埋設物?」根古は聞いた。 「何かが、埋まっているということかもしれません」由紀子が言った。
ダニロが、自分の携帯用のドローン探知機を取り出した。
「電波を拾えれば、操縦者の位置が分かります」ダニロは言った。「少し待ってください」
数分後、ダニロの端末が反応した。 「北東、約八百メートル」ダニロは言った。「操縦者は、そこにいます」
根古たちは、音を立てないよう、車で移動した。
示された場所は、可児市と御嵩町の境にある、使われなくなった資材置き場だった。
軽トラックが一台、物陰に停まっているのが見えた。
根古が近づくと、荷台からドローンの操縦者らしき人物が、慌てて機材を片付けようとしていた。
「待て」根古は声をかけた。
振り向いたのは、まだ若い男だった。二十代半ば、驚いた表情で根古たちを見た。
「何をしている」根古は聞いた。
男はしばらく黙っていたが、由紀子が身分を示す何かを見せると、観念したように口を開いた。
「頼まれて、やっているだけです」男は言った。
「土地の調査だと聞いています」 「誰に頼まれた」 「不動産関係の会社です」男は言った。
「岩瀬さんの畑の周辺、それと市内のいくつかの土地を、夜間に調べてほしいと」 「なぜ夜間なんだ」 「昼間だと、目立つからと言われました」男は言った。
「あと、サーモグラフィは、地面が冷えた夜間の方が、反応がはっきり出るからだと」
「その不動産会社の名前は」由紀子が聞いた。 男は、携帯を取り出し、契約書のようなものを見せた。 「『三光地所開発』という会社です」男は言った。
「岐阜市内にオフィスがあると聞いています」
根古と由紀子は、顔を見合わせた。
「三光地所開発……聞いたことのない会社だ」根古は言った。
「調べてみます」由紀子は言った。「ただ、気になることがあります」 「何だ」 「岩瀬さんの畑を含む、この一帯の土地は」由紀子は言った。「かつての木下家の所有地の一部だったのではないでしょうか」
根古は、はっとした。 「木下邸の焼け跡から、そう遠くない」 「もし、この一帯に、まだ何かが埋まっているとしたら」由紀子は言った。「それを探しているのは、私たちだけではないのかもしれません」
夜空を見上げると、雲間から冬の星が、静かに瞬いていた。
根古は、まだ何かが、この土地の下に眠っている予感を覚えた。




