「名もなき祠」
工藤俊一と秋月小五郎が可児に到着したのは、その週末のことだった。山本彩織と平圭の案内で、四人は再び、あの三柱鳥居へと続く山道に足を踏み入れることになった。
「山本さん、この道を見つけたのは、本当にドローンのおかげなんですね」
「ええ。地上を歩いているだけじゃ、絶対に気づけませんでした」
工藤は感心したように、周囲の地形を見渡した。
「秋月さん、俺たちがあの時、必死に歩き回って探していたものが、今は上空から一発で見つかる時代になったんですね」
「時代の流れというやつだな。悪いことじゃない」
祠に到着すると、秋月が、持参した拡大鏡で、風化した石碑を丹念に調べ始めた。
「……うっすらとだが、何か文字が刻まれているな」
「読めますか」
「いや、これは専門家に任せた方がいい。下手に触ると、余計に読み取れなくなる」
工藤は、祠の周囲を写真に収めながら、慎重に呟いた。
「山田さんにも、この件、連絡しておいた方がいいですかね」
「もちろんです。それに、松平さんにも」
数日後、神主の松平秀麿が、専門家とともに現地調査に加わることになった。石碑の文字を丹念に読み解いた結果、判明したのは、意外にも素朴な内容だった。
「これは……道祖神のようなものですね。旅人の安全を祈願する、ごく一般的な祠だったようです」
「三柱鳥居や位山の謎とは、直接関係のないものだった、ということですか」
山本の問いに、松平は静かに頷いた。
「ええ。おそらく、山越えの道を行き来していた人々が、旅の安全を願って建てたものでしょう。特別な由来があるわけではなさそうです」
その場に集まった一同の間に、拍子抜けしたような空気が流れた。だが、根古親司だけは、静かに、興味深そうに頷いていた。
「根古さん、期待外れでしたね」
山田の言葉に、根古は首を振った。
「いや、わしはむしろ、これでいいと思うよ」
「どういうことです?」
「三柱鳥居のような、由来不詳の派手な謎の陰に、こういう、名もなき人々の、ささやかな祈りの跡が、静かに眠っていた。それこそが、この土地の本当の姿なんじゃないかね」
根古はそう言うと、祠に向かって、静かに手を合わせた。
「派手な謎を追いかけるのも悪くないが、時々は、こういう名もなき祈りにも、目を向けてやることだ」
山本は、その言葉を、また手帳に書き留めた。ドローンという新しい技術で見つけたものが、必ずしも大きな謎の答えとは限らない。だが、それでも、見つける価値のあるものだった、と山本は思った。
三柱鳥居の謎そのものは、依然として解き明かされないままだった。だが、この土地には、まだ他にも、こうした名もなき記憶が、いくつも眠っているのかもしれない――そんな予感を抱きながら、山本は、山を下りた。




