「踏み跡の先」
三日後、山本彩織は、雨月雅之の許可を得て、平圭とともに、ドローンが捉えたあの踏み跡を、実際に歩いて確認することになった。
「山本さん、この道、本当に人が使ってたんですね」
藪の中、うっすらと続く踏み跡を辿りながら、平が呟いた。地上から見れば、ただの獣道にしか見えなかったその道は、上空からの映像と照らし合わせることで、確かに一つの意図を持ったルートとして浮かび上がっていた。
「位山の方向に向かってる、って話でしたけど、実際どこまで繋がってるんでしょう」
「それを確かめに来たんだろう」
二人が慎重に進んでいくと、やがて、小さな祠が、藪の中にひっそりと佇んでいるのが見えてきた。
「……こんなところに、祠が」
地図にも記載のない、苔むした古い祠だった。祀られているものが何かは、風化した石碑からは読み取れなかった。
「平さん、写真を。それと、位置情報も正確に記録して」
山本は、手袋をはめた手で、慎重に周辺を確認した。祠の周りには、比較的新しいと見られる、踏み荒らされたような跡がいくつか残っていた。
「最近、誰かがここに来てますね」
「ああ。しかも、一人や二人じゃなさそうだ」
署に戻った山本は、この発見を、工藤俊一にも連絡することにした。可児の一件以来、工藤とは、情報交換を続ける間柄になっていた。
「工藤さん、以前お話しした三柱鳥居の件で、また新しい発見がありまして」
電話越しに経緯を説明すると、工藤はしばらく黙り込んだ後、静かに言った。
「山本さん、それ、俺と秋月さんも、現地を見に行かせてもらえませんか。実はあの一件以来、俺たちも、この手の話には妙に敏感になっていまして」
「もちろんです。むしろ、力を貸していただけると助かります」
電話を切った後、山本は、根古親司のもとにも報告に向かった。
「根古さん、祠が見つかったんです。三柱鳥居から、位山の方向に向かう道の先に」
根古は、湯呑みを傾けながら、静かに聞いていたが、やがて小さく頷いた。
「祠、ね。……この辺りには、まだまだ、地図に載っていない小さな信仰の跡が、いくつも眠っているのかもしれんな」
「根古さんは、何か知っていることが?」
「知っている、というほどのことじゃない。ただ、こういう小さな祠はな、大抵、大きな神社や伝承の『陰』に隠れて、忘れられていくものなんだ。三柱鳥居のような目立つ謎の陰で、もっと静かな祈りの跡が、ひっそりと残っていたとしても、不思議じゃない」
山本は、根古の言葉を、手帳に静かに書き留めた。
「山本くん」根古が、珍しく名前を呼んで続けた。「あんたのその、上から俯瞰して見る目は、大切にした方がいい。地上を歩いているだけじゃ見えないものを、見つけられる目なんだからな」
「……ありがとうございます」
黒猫のヤマトが、縁側で、山の方角をじっと見つめていた。三柱鳥居、位山、そして今、新たに見つかったこの小さな祠――土地に刻まれた記憶の断片は、まだ、全てが繋がってはいなかった。だが、それぞれの糸が、少しずつ、確かに手繰り寄せられ始めていた。




