真相と、やっぱりツチノコ
長曾我部圭吾の姿がないと気づいたのは、工藤だけではなかった。
江戸川勉も、人だかりの隙間から境内を見渡し、静かに工藤の隣に来た。
「いませんね」
「ええ」
「カメラ映像の騒ぎに紛れて、抜けたんでしょう」
「そう思います」
二人は目配せした。言葉は少なかったが、向いている方向は同じだった。
探偵というのは、そういうところで妙に話が早い。
工藤は山本巡査長に近づいた。
「メモの件、確認を急いだ方がいいかもしれません。長曾我部さんが見当たらない」
山本の目が細くなった。「どこへ」
「車、確認できますか」
平がすでに走り出していた。
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長曾我部圭吾、五十九歳。会計士。
東白川村に事務所を持ち、地元の農家や小さな会社の帳簿を長年管理してきた、どこにでもいる実直な男??のはずだった。
しかし実際には、十年ほど前から骨董の横流しに手を染めていた。
ルートは単純だった。地方の旧家が「断捨離」と称して処分する品々を、正規の値段より大幅に安く買い取り、都市部のコレクターに流す。
帳簿の管理をしている関係で、旧家の財産状況も把握できた。いつ、何が売りに出るか。誰が困っているか。情報は向こうから来た。
廃小屋は、一時的な保管場所だった。
それだけの話だった。派手さのない、地味な犯罪だった。
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長曾我部の軽トラックは、村の外れの細い農道で止まっていた。
エンジンがかかったままだった。しかし長曾我部は運転席にいなかった。
農道の脇の草むらに、長曾我部は座り込んでいた。
膝を抱えて、山を見ていた。
工藤が近づいた。
「……逃げなかったんですね」
長曾我部は工藤を見上げた。目が赤かった。
泣いていたのか、それとも疲れていたのか、判然としなかった。
「逃げられないよ」と長曾我部は言った。「どこへ逃げるんだ。
ここ以外に、俺には場所がない」
工藤は何も言わなかった。
「誰かが傷ついたわけじゃない、と思ってた」と長曾我部は続けた。
「物の話だから、と。でも……まあ、そういうことだな」
山本と平が農道の入口に来た。雨月も来た。
安藤も来た。安藤だけ来なくていいのに、と工藤は思ったが、口には出さなかった。
安藤は長曾我部を見て、何も言わなかった。珍しく、何も言わなかった。
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長曾我部が任意同行を求められ、山本たちと車へ向かうとき??
江戸川の隣に、三人組がいた。
西野千紗都が、江戸川にそっと言った。
「実は私たち、この件を追ってたんです。
骨董の横流しルート、都市側の買い手の調査を依頼されていて」
江戸川は彼女を見た。「……民間調査ですか」
「そうです。殺し屋じゃないです」
「……そんなこと思ってません」と江戸川は言った。
「思ってましたよね」
「……少し」
星野由紀子が穏やかに笑った。
「引っ越してきたのはたまたまです。でもご近所さんになれてよかった」
古田麻尋が「私たち格闘技やってるんで、何かあれば呼んでください」と言った。
「何があるんですか、田舎で」
「わかりませんよ。また来るかもしれないじゃないですか、何かが」
江戸川は苦笑した。それはそうかもしれなかった。
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北村唯と遠藤成気が、スティーブ・ヘイブンスのもとへ向かったのは、ちょうどその頃だった。
スティーブは沢のそばの岩に腰かけ、イエンガーのカレーを食べていた。
護衛のカルロスとホセも食べていた。三人とも、この騒ぎの間ずっとカレーを食べていた。
「スティーブさん」と北村が言った。「今回の件、骨董の横流しでした。うちの案件とは無関係です」
「そうか」とスティーブはカレーを一口食べた。「うまいな、このカレー」
「報告はそれだけですか」
「それだけだ。来てみたら君たちも来てたし、探偵も来てたし、賑やかでよかった。カレーもうまい」
北村は脱力した。遠藤は笑いを堪えていた。
「スティーブさん、今回の目的は何だったんですか」と遠藤が聞いた。
スティーブは少し考えてから言った。
「ツチノコを見たかった」
沈黙。
「本当に?」
「本当に。子供の頃、日本のテレビ番組で見て、ずっと気になってた」
北村はしばらくスティーブを見ていた。やがて、小さくため息をついた。
「……見つかりませんでしたね」
「まあな」とスティーブは言った。「また来ればいい」
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閉会式は、夕方の四時になった。
境内に全員が戻った。長曾我部の件は、静かに、しかし確実に、参加者のあいだに広まっていた。
フェルナンドはライブ配信を一時止めていた。
鳴海は配信を続けていたが、カメラを人から外して山の方へ向けていた。
松平が開会式と同じようにマイクの前に立った。
「……色々ありましたが」と松平は言った。「イベント自体は、続けましょう」
太田が湯呑みを配り始めた。
工藤は境内の端に立って、山を眺めていた。秋月が隣に来た。
「どうだった。休養になったか」
「なりませんでした」
「だろうな」と秋月は笑った。「お前は現場に行けば何かある。体質だ」
「迷惑な体質ですね」
「探偵には必要だろう」
工藤はそれには答えなかった。
その時だった。
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境内の隅で、柊澪が草むらを指差した。
二十一歳の学生は、特に大きな声を出したわけではなかった。ただ、「あれ」と言った。
その「あれ」が、なぜか全員に届いた。
全員が、柊の指の先を見た。
草むらが、揺れた。
何かがいた。
太さが、蛇ではなかった。形が、トカゲでもなかった。
ずんぐりとして、低く、素早く??それは草むらの中をすっと動いた。
誰も動かなかった。
誰も声を出さなかった。
鳴海のカメラだけが、無言でそちらを向いた。
草むらが、また揺れた。
そして??消えた。
完全に、消えた。
長い沈黙があった。
フェルナンド・村田が立ち上がった。
「やっぱり言うたやろ??!!」
境内が、爆発した。
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その夜、鳴海美佑のライブ映像はSNSで拡散した。
コメント欄は「これは何」「ツチノコやん」「CGじゃない」「東白川村どこ」で埋まった。
翌朝のニュースが「岐阜の山村で未確認生物か」と報じた。
専門家が「シマヘビの可能性が高い」と言った。
フェルナンドが「シマヘビちゃうわ!」とライブで怒鳴った。それもまた拡散した。
工藤俊一は翌朝、宿を出た。横浜に戻るつもりだった。
駐車場で、江戸川勉に会った。
「休養になりましたか」と江戸川が聞いた。
「なりませんでした」と工藤は答えた。「でも、悪くなかった」
「また来てください。何かあるかもしれないんで」
「来ません」
「来ますよ、絶対」
工藤は返事をしなかった。
車のエンジンをかけた。五月の朝の空気が窓から入ってきた。
山の匂いがした。杉と土と、川の冷たさ。
バックミラーの中で、東白川村が少しずつ小さくなった。
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太田豊は、その日も茶店を開けた。
カウンターに座った松平が、湯呑みを持ちながら言った。
「来年もやるか、イベント」
「やるやろ」と太田は言った。「来年はもっと人が来るぞ」
「ツチノコ、本当にいると思うか」
太田はしばらく考えた。
「さあな」と太田は言った。「でも、いた方が楽しいやろ」
二人は煎茶を飲んだ。
山は、静かだった。




