ツチノコより先に事件が見つかった
竹やぶの奥の小屋は、半分土に還りかけていた。
屋根の一部が落ち、壁には苔が張り、扉は蝶番が外れて斜めに立てかけてあるだけだった。誰かが最近そこを動かした形跡があった。扉の下の土が新しく掘り返されている。
江戸川勉は小屋の入口に立ち、中を覗いていた。
工藤が到着したのは、それから十分後だった。秋月が後ろからついてきていた。ついでに、なぜか北村と遠藤も来ていた。
「ついてきたんですか」と工藤は北村に言った。
「同じ班です」と北村は涼しい顔で答えた。
工藤は小屋の中を見た。
隅に、木箱がいくつか積まれていた。蓋がひとつ開いていた。中には、丁寧に梱包された陶磁器のようなものが見えた。
「ロドリゲスさんが見つけたんです」と江戸川が言った。
バイヤーのロドリゲス斎藤がC班に合流していたのは工藤も知らなかった。五十二歳、日本とスペインのハーフで、仕入れのために世界中を飛び回っている男だ。目利きという点では本物だった。
「これ」とロドリゲスは木箱を顎で示した。「骨董です。しかもかなりいいやつ。江戸期の染付磁器。本物なら一点で数百万する」
「本物ですか」
「本物です。私の目に狂いはない」
断言だった。
工藤は箱の周囲を確認した。土の上に、車のタイヤ痕らしきものが残っていた。最近、何度かここに来た形跡がある。
「通報しましょう」と工藤は言った。
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可児署から来ていた山本彩織巡査長??二十八歳、女性??は、無線を受けてすぐに竹やぶへ向かった。相棒の平圭巡査長??二十四歳、こちらも女性??と、上司の雨月雅之警部補も一緒だった。
三人が小屋に着くと、すでに人が増えすぎていた。
工藤、秋月、江戸川、ロドリゲス、北村、遠藤。六人が小屋の前後に散らばっている。
「現場に入らないでください」と山本が言った。声は穏やかだが、目が本気だった。
「入ってませんよ」とロドリゲスが言った。「覗いただけです」
「覗くのも……」
そこへ、さらに一人が割り込んできた。
安藤修、三十六歳。元警部補、現在退職済み。この村には親戚がいるとかで、イベントに参加していた。警察バッジは持っていないが、そういう雰囲気だけはまだ全身から出ていた。
「見せてみろ」と安藤は言い、山本の前に出ようとした。
「安藤さん、退いてください」と雨月が静止した。
「俺は??」
「退職されてますよね」
雨月の声は丁寧だったが、容赦がなかった。安藤は口をへの字に曲げ、腕を組んだ。
「……口出しするだけだ」
「口出しも困ります」
安藤はそれ以上前に出なかった。しかし黙りもしなかった。「そこは踏まない方がいい」「証拠袋、もう一枚いるんじゃないか」「俺のときはこうしてた」と、五分に一回くらいの頻度で言い続けた。
山本はそのたびに「ありがとうございます」と答えた。平は笑いを堪えていた。雨月は無表情を維持していた。
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現場が落ち着き始めた頃、境内の方から無線が入った。
大工の鏑木俊哉の声だった。
「おーい、聞こえるか。ちょっといいか」
「聞こえてます」と雨月が答えた。「何ですか」
「俺と加藤で昨日、動体検知カメラ仕掛けといたんだよ。ツチノコ用に。そしたら今、映像確認したら??なんか映ってたぞ」
現場が静まった。
工藤も、北村も、山本も、全員が無線に集中した。
「……何が映ってたんですか」と平が聞いた。
「人か、動物か、よくわからんのだが」と鏑木は言った。「でかい。二足歩行じゃない。四つん這いに近い。夜中の二時ごろだ」
沈黙。
「戻りましょう」と工藤は言った。
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境内に戻ると、鏑木と加藤敬三が折り畳みのテーブルにノートパソコンを広げていた。周りにはすでに人だかりができていた。フェルナンド・村田が「ついに来た! ついに来たで!」と叫んでいた。
映像が再生された。
暗視カメラの緑がかった映像。タイムスタンプは午前二時十七分。
画面の隅に、何かが動いた。低い姿勢で、ゆっくりと。確かに四つん這いに近い。不規則な動き。草を掻き分けながら進んでいる。
全員が息を呑んだ。
フェルナンドが「ツチノコや……」と掠れた声で言った。
鳴海のカメラが画面に向いた。彼女のライブ視聴者が一気に八千人に跳ね上がった。
映像はさらに続いた。
その何かが、カメラの正面近くまで来た。
草むらから顔を出した。
全員が、それを見た。
秋月が言った。
「……イエンガーさんじゃないか」
そうだった。
イエンガー・ムハンマドだった。ターバンを巻き直しながら、夜中に四つん這いでカレーのスパイスを探していた。ミョウガらしきものを両手いっぱいに抱えていた。
長い沈黙があった。
「……山椒を切らしていたんです」とイエンガーは、人だかりの後ろから静かに言った。「夜中に思い出して」
フェルナンドがその場にへたり込んだ。
「夢が……夢がまた一つ……」
「一つどころかだいぶ削れましたね」と工藤は言った。
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しかしその直後??小屋の骨董品について、事態は動き始めていた。
ロドリゲスが、工藤をそっと呼んだ。
「さっきの箱、搬入記録みたいなメモが底に貼ってあったんですよ。写真に撮りました」
スマートフォンの画面には、崩れた字で数字と名前が書かれていた。
工藤はその名前を見た。
眉が、わずかに動いた。
「……長曾我部さん」
「知ってますか」
「会計士の、ですよね」
「そうです」とロドリゲスは言った。「このイベントの参加者です」
工藤は周囲を見渡した。
長曾我部圭吾の姿は、いつの間にか、人だかりの中にはなかった。




