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可児奇譚  作者: 賀茂丈晴
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みんな集まれ!ツチノコ捜索大作戦

五月の東白川村は、朝から山の匂いがした。


 杉と土と、どこかから流れてくる川の冷たさ。

名古屋から車で二時間ほど走ってくれば、世界がこんなにも変わる。コンビニもない。信号もほぼない。あるのは山と、川と、看板一枚だけの道路だ。


 その道路の終点に近い村の広場??正確には神社の境内を無理やり拡張したような半屋外スペース??に、白い横断幕が張られていた。


**『第1回 東白川村ツチノコ発見チャレンジ 参加者大歓迎!!』**


 横断幕の右端が少し垂れていた。

大工の鏑木俊哉が昨晩取り付けたのだが、脚立の高さが左右で微妙に違ったのだ。

鏑木は今も横断幕を見上げながら、自分が何か悪いことをしたわけではないという顔をしていた。


「まあ、味があってええやろ」


 そう言い放ったのは、茶店ラクカのマスター・太田豊だった。

年のわりに声が大きく、腹も出ていて、この手の「まあいいや」という判断をいつも最初に下す男だった。

太田はすでに折り畳みテーブルの前に陣取り、受付用の名簿と、なぜか湯呑みを並べていた。


「お茶、出すんですか」と鏑木が聞いた。


「当たり前やろ。来てくれた人に茶の一杯も出さんでどうする」


「ツチノコ探しのイベントですよ」


「関係ない」


 太田は断言した。


 境内の奥では、神主の松平秀麿が白衣と袴姿で柏手を打っていた。

イベントの成功を祈願しているらしかった。五十五歳、細身で背が高く、どこか飄々とした雰囲気を持つ男だが、こういうときだけは妙に真剣になる。

ツチノコ探しのイベントを「神事に準じる」と言い張ったのも松平だった。

村人の誰もそれに反論しなかったのは、松平が神主だからというより、反論するのが面倒だったからだ。


 午前九時。参加者が集まりはじめた。


---


 最初に来たのは、横浜から休養のつもりでやってきた私立探偵・工藤俊一と、彼にくっついてきた元警視庁刑事・秋月小五郎だった。


 工藤は三十二歳。黒いジャケットに薄手のシャツ。休養中のはずなのに、どことなく周囲を観察する目をしている。職業病というやつだ。


「ツチノコって……本気でいると思ってるんですかね、みなさん」


 工藤がぽつりとつぶやいた。


「本気かどうかなんてどうでもいいんだよ」と秋月が言った。四十八歳、がっしりした体格、しかし今日は登山帽にリュックサックという完全なハイカー装束だった。

「イベントっていうのはな、参加すること自体が楽しいんだ。お前みたいに何でも動機から考える奴は損をする」


「それ、探偵に言いますか」


「お前が探偵だから言ってるんだ」


 二人はそんな会話をしながら受付へ向かった。太田がにこにこしながら湯呑みを差し出した。


「どうぞ。煎茶です」


「……ありがとうございます」


 工藤は困惑しながらも受け取った。秋月はすでに両手で湯呑みを持ち、ずずっとすすっていた。


---


 次に来たのが問題だった。


 いや、次々と来たのが、まとめて問題だった。


 カレー店長のイエンガー・ムハンマドは、大鍋を抱えてやってきた。五十五歳、ターバンは巻いていないが、スパイスの香りが五メートル先から漂ってきた。


「皆さんにカレーを振る舞います。捜索のエネルギー補給に」


「それはありがたいが……朝の九時だぞ」と工藤は思ったが、口には出さなかった。


 イエンガーは大鍋を境内の隅に設置し、どこからともなくカセットコンロを取り出した。

準備がよすぎる。


 そこへ、スマートフォンを三台同時に構えた若い女性が駆け込んできた。二十四歳、鳴海美佑。地元出身のYouTuber兼ブロガーで、すでに配信を始めていた。


「はい! みなさんこんにちは! 今日は東白川村の歴史的イベントに密着取材してまいります! ツチノコ、います! 絶対います!」


「絶対の根拠は?」と工藤が思わず聞いた。


「感!」


 鳴海はカメラを工藤に向けた。工藤は反射的に顔を背けた。


 そしてその直後??境内に独特のテンションが走った。


 関西弁と、スペイン語が混じったような、不思議なイントネーションの声が響いたのだ。


「みなさーん! お待たせしましたー! フェルナンド・村田、参上でございます!」


 五十三歳、フェルナンド・村田。関西在住の占い師にしてYouTuber。

父親がスペイン人、母親が日本人という出自を持ち、見た目はどう見てもラテン系なのに、ノリは完全に大阪のおっちゃんだった。

派手な柄シャツに、首からは数珠とクリスタルのペンダントをじゃらじゃらとぶら下げている。


 彼は来るなり、スマートフォンをセルフィースタンドにセットし、ライブ配信を開始した。


「ほな今日は占いで場所を絞りまっせ! タロット引いてツチノコの居場所、ピンポイントで当てたりますわ!」


「……二つ同時に配信してどうするんですか」と工藤は鳴海に聞いた。


「コラボです!」と鳴海は即答した。


 秋月はもう二杯目の煎茶をすすっていた。


---


 午前九時半。開会式が始まった。


 といっても、松平がマイクの前に立って「えー、本日は……」と言い始めた瞬間、フェルナンドのライブ配信の着信音が鳴り、鳴海のカメラが松平に寄り、イエンガーのカレーが沸騰して盛大に泡立ち、境内の端では西野薫牧師が「天地万物を創りたもうた神よ……」と小声でお祈りを始め??


 そして太田が、誰にともなく言った。


「まあ、ええイベントになりそうやな」


 工藤は空を見上げた。


 五月の山の空は、馬鹿みたいに青かった。

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