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可児奇譚  作者: 賀茂丈晴
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可児川呪術殺人事件 『可児の夜明け、黒猫の鳴く頃に』

「う、うあぁぁッ!!」

天井から垂れ下がった古田麻尋のワイヤーに手首を阻まれた雨月は、獣のような咆哮をあげてそれを引きちぎろうとした。その瞳は完全に濁り、白目を剥きかけている。


「勉さん、安藤さん、気をつけて!」

梁の上から飛び降りた麻尋が鋭く叫ぶ。

「雨月警部補の首の後ろを見て! 呪印が浮かんでる……この人、マリアと同じ。

組織の呪術で『洗脳コントロール』されてるだけよ!」


「なんだって!?」

勉が雨月の首元を見ると、そこにはドス黒い、波打つような奇妙な痣が浮かび上がっていた。

ルシアを殺害させられたのも、根古を襲撃したマリアのバックアップをさせられていたのも、すべては呪術による強制的な操り人形としての行動だったのだ。


「じゃあ、本物の内通者は――」

安藤が叫び声をあげた、その時。


作業場の入り口に、ゆっくりと歩み寄る一つの影があった。

仕立ての良いスーツを着たその男は、冷酷な笑みを浮かべながら、手にした拳銃の銃口を勉たちへと向けた。


「そこまでだ、諸君。……雨月くんにはここで、探偵たちと相撃ちになって死んでもらう予定だったのだがね。少々予定が狂ったよ」


「……副署長!!」

安藤が歯噛みした。そこに立っていたのは、可児署のナンバー2である副署長だった。

30年前、古田や西野の呪術詐欺を警察の立場から揉み消し、彼らを地元の名士へと押し上げた張本人。

そして、フィリピンの組織から流れてくる巨額の裏金を受け取り続けていた、真の黒幕である。


「ルシアを殺すよう雨月に命じたのも、根古のデータを回収しようとしたのも、すべて私だ。さあ、江戸川くん。そのポケットにあるUSBをこちらに渡しなさい。さもなければ、全員ここで射殺し、雨月の凶行に巻き込まれたと処理するだけだ」


万事休す。副署長の銃口が勉の眉間に定まる。

雨月は呪術の拒絶反応で激しく泡を吹いて倒れ、麻尋も安藤も、銃の前には動けない。


「……ここまで、ですね」

勉が諦めたように息を吐き、ポケットから黒いUSBを差し出そうとした、その瞬間。


「――そこまでだ、副署長」


作業場のすべての照明が、一斉にガシャーンと点灯した。

それと同時に、割れた窓ガラスやドアから、防弾チョッキを着込んだ数十人の機動隊員が、一斉に銃を構えて突入してきたのだ。


「なっ……なんだと!? なぜここに本部の機動隊が!」

狼狽する副署長の手から、一瞬の隙を突いた安藤の回し蹴りが拳銃を叩き落とす。


隊員たちの中心から、静かに歩み出てきたのは、県警のベテラン・榊原警部(55)だった。

その横には、いつの間にか保護されていた鳴海美佑と、あの黒猫ヤマトを腕に抱いた神主の松平、大工の鏑木たちの姿もあった。


「副署長。あんたが組織と繋がっていることは、とっくに県警の上層部とマークしていた。泳がせて一網打尽にするためにね。

根古さんからも連絡が入った。

……鳴海くんのライブ配信が、いい決定打になったよ。あんたの口座の動きも、愛知県警がすべて押さえた」


「く、クソォォォッ!!」

副署長は警官たちに組み伏せられ、無様に床へ押し付けられた。現行犯逮捕である。


榊原警部が倒れている雨月に近づき、その首の後ろの呪印をじっと見つめた後、懐から小さな「御札」を取り出して雨月の額に貼った。

「松平の神主から預かった、穢れを祓う札だ。……雨月、もう大丈夫だ。よく耐えたな」


すると、雨月の首の痣がスーッと消え去り、彼は深い眠りに落ちるように静かになった。


?? エピローグ:日常の謎へ


数日後。

可児川の河川敷には、いつもの穏やかな初夏の風が吹き抜けていた。

大規模な国際呪術組織の日本支部は壊滅し、副署長や関係者は一斉に検挙された。雨月警部補も無事に洗脳から解け、現在は休職して療養中だという。


茶店『ラクカ』のテラス席。

勉、安藤、そして懲りずに新しい動画の編集をしている美佑が、マスターの太田が淹れたコーヒーを楽しんでいた。


「結局、あの三人組はどこへ行っちゃったんですかね?」

美佑がカメラをいじりながら尋ねる。


「さあね。でも、僕の事務所の向かいの家、まだ解約されてないんだ」

勉が苦笑いしながら、空を見上げる。

彼女たちは元プロの殺し屋。

でも、この街の居心地が気に入ったなら、案外またふらりと戻ってくるかもしれない。


その時、勉の足元に、一匹の黒い影がすり寄ってきた。

黒猫ヤマトだ。ヤマトは勉のズボンの裾に頭を擦り付けた後、テラスの塀の上に飛び乗り、可児の美しい街並みを見ながら、満足そうに「ニャー」と高く鳴いた。


「この街の本当の守り神は、あの猫かもしれないな」


安藤が笑い、勉も静かに頷いた。

可児市を揺るがした怪奇と陰謀の夜は明け、穏やかな日常が、再びこの街に戻ってきたのだった。







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