可児川呪術殺人事件 『灰色の同盟、可児署の毒』
根古の屋敷の裏手、竹林の闇に潜む勉と安藤の前に、音もなく三つの影が滑り込んできた。
星野由紀子が、月の光に革ジャンを鈍く光らせながら不敵に微笑む。
「警察に囲まれる前に逃げるなんて、探偵さん、意外と話が早くて助かるわ。……で、そのポケットのUSB、どうする気?」
勉はコートから黒いUSBメモリを取り出し、彼女たちに見せた
「ここには組織の『全データ』と、次に消される地元の人間たちのリストが入っている。……大工の鏑木さん、会計士の長曾我部さん、神主の松平さんだ。30年前の呪術詐欺の片棒を担いだ奴らが、口封じのターゲットになっている」
「やっぱりね」西野千紗都が冷ややかに笑う。「マリアが失敗した以上、フィリピンの本部はもっとエグい刺客を送り込んでくるわよ。
地元の名士たちが一晩で全滅するかもね」
「だから、あんたたちと組む」安藤が苦渋に満ちた声で言い放った。
「お前たちの裏の戦闘力と情報網が必要だ。この街でこれ以上、ルシアのような犠牲者を出すわけにはいかねえ」
由紀子は満足そうに頷いた。
「いいわ、一時的な共闘ね。
私たちはマリアの後始末と、刺客の迎撃を担当する。
あんたたちは、その標的の男たちに警告を。……ただし、急いだほうがいいわよ。
もう敵は『中』まで入り込んでるんだから」
「中……? どういう意味だ」勉が眉をひそめる。
古田麻尋が淡々と、スマホの画面を勉に突きつけた。
そこには、可児署の内部ネットワークからフィリピンの秘密組織へリアルタイムで送信されている「暗号データ」のログが表示されていた。
「可児署の中に、組織の『内通者』がいる。マリアの身元がバレないように工作したのも、根古さんの家の警備状況を組織に流したのも、全部その警察官よ」
「まさか……!」安藤の顔が戦慄で強張る。「榊原警部か? それとも雨月か!?」
「そこまでは分からない。でも、警察はもう信じられないわよ」由紀子が妖しく囁く。
勉と安藤は三人組と別れ、まずは最初の標的である大工の鏑木俊哉(60)の作業場へと車を走らせた。
夜の作業場は静まり返り、木の匂いだけが漂っている。
「鏑木さん! 江戸川です、中にいますか!?」
勉が激しくドアを叩くと、奥から怪訝そうな顔をした鏑木が、ノミを握りしめたまま姿を現した。
「なんだ、夜中に大騒ぎして……。根古の旦那が襲われたってのは本当か?」
「それだけじゃない、鏑木さん、あなたの命も狙われているんだ! 30年前のフィリピンの組織が、あなたたちの口を封じようとしてる!」
安藤が詰め寄ると、鏑木はみるみるうちに顔を青ざめさせ、ガタガタと震え出した。
「な、なぜそれを……。古田の住職が死んだのも、やっぱりあの時の『呪い』の報いなのか……!」
その時、作業場の裏口のガラスが、ガシャーン!!と激しく叩き割られた。
「警察だ! 総員、動くな!」
踏み込んできたのは、可児署の雨月雅之警部補、そして山本巡査長と平巡査長だった。
しかし、雨月の目はいつもと違い、狂気を孕んだようにギラギラと輝いている。その手には、およそ公務とは思えない、ルシアを撲殺した凶器と同じ「重い金属製のバール」が握られていた。
「江戸川勉、そして安藤修。お前たちを、重要参考人の逃亡幇助、および捜査攪乱の容疑で逮捕する。
……それと、鏑木さん。あなたには、組織のためにここで『消えて』もらいます」
雨月が冷酷な笑みを浮かべ、バールを振り上げた。
「……雨月、お前が『内通者』だったのか……!」
安藤が叫び、勉が身構える。
その時、作業場の天井の梁の上から、シュルルッと一本のワイヤーが垂れ下がり、雨月の手首を猛烈な速さで絡めとった。
「警察官のくせに、随分と泥臭い凶器を使うのね」
天井の闇から現れたのは、東京の三人組の一人、古田麻尋だった。彼女の手には、元プロの暗殺者らしい特殊なワイヤーが握られていた――。




