可児川呪術殺人事件 『禁忌の覚醒、空虚なる人形』
「ウウ、ウゥゥ……」
根古親司の口から、次第に人間離れした低い唸り声が漏れ始めた。
その瞳から生気が消え失せ、代わりにどす黒い、底なしの沼のような光が宿る。
愛猫ヤマトがその足元で、低く、おぞましい声を上げて威嚇を続けていた。
「根古さん……?」
勉がその異変に気づき、一歩身を引いた瞬間だった。
庭の暗闇から、バールを振りかざした革ジャンの人影が、猛然と室へ飛び込んできた。
標的は根古の頭部。容赦のない、一撃で命を奪う軌道。
「危ねえッ!」
安藤が飛び出そうとした、その刹那。
「――『離』」
根古が、感情の消えた声で一言、そう呟いた。
それと同時に、根古が相手に向けて右手を扇状に激しく振り抜く。
――ゴォッ!!!
目に見えない凄まじい衝撃波が室を駆け抜けた。
次の瞬間、信じられない光景が勉たちの目に飛び込んできた。
バールを振り下ろそうとしていた襲撃者の身体から、一瞬だけ、光り輝く「人間の形をした輪郭」が後ろ向きに激しく弾き飛ばされたように見えたのだ。
それはほんの一瞬で、空気の中に霧のように消散していった。
直後、カラン、と力なくバールが転がった。
革ジャンの人物は、まるで糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。
「おい……動かねえぞ。息はしてるが、これは……」
安藤が恐る恐る近づき、倒れた相手の脈を測る。身体は温かい。心臓も動いている。
しかし、瞳は完全に開き直っており、光を全く反射していない。脳死とも、深い昏睡とも違う、ただの「肉体の器」だけがそこに転がっているような、不気味な静寂だった。
「魂剥離……。本当に、本当にあの技を使ったのか……」「使える物なのか?」
根古は元の老人の姿に戻り、激しく息を切らしながら畳に両手をついた。
「古田や西野がハッタリで地位を築く中、俺だけは、本物の『引き剥がす呪術』を身につけていた……。
一度これをやられた人間は、二度と自らの意思で動くことはない。ただ 魂に力が有れば 無ければただの、抜け殻だ」
勉は戦慄しながらも、倒れている襲撃者のフードを剥ぎ取った。
「……誰だ、この女」
月明かりに照らされたのは、まだ20代前半とおぼしき、端正だが冷酷な顔立ちをした若い女性だった。
しかし、その顔は、東京から来た三人組(星野・西野・古田)の誰でもなければ、可児市や愛知県警のリストにあるどの人物(藤原茜や柊澪、鳴海美佑)とも完全に一致しない、「まったく見覚えのない、見知らぬ女性」だった。
「ナルミ! 映すな!」
安藤が叫んだが、時すでに遅かった。
背後で腰を抜かしていた鳴海美佑のスマホは、根古の超常的な技と、見知らぬ暗殺者が抜け殻になる瞬間のすべてを、全世界に向けてライブ配信し続けていたのだった――。




