可児川呪術殺人事件 『黒猫の足跡、マスターの懸念』
「――おい勉、どうする」
星野由紀子の部屋のドアが目の前で静かに閉まった後、安藤が低く問いかけた。
勉の腕の中には、おとなしく収まった黒猫ヤマトが、まるで最初からこうなることを知っていたかのように、琥珀色の目でじっと勉を見つめている。
「……おかしいですよ。僕は根古さんの偏屈さをよく知っています。あの人は他人に心を開かないし、このヤマトだって、見知らぬ人間にそう簡単に懐く猫じゃない。それが、最近 東京から引っ越してきたばかりの、あの三人組のベランダに迷い込んでいただなんて」
勉はヤマトの柔らかい毛並みを撫でながら、眉をひそめた。
「彼女たちは『ヤマトが迷い込んできた』と言いましたが、まるで最初から猫の飼い主が根古さんだと知っている口ぶりだった。
あの三人、やっぱりこの街の何かに深く噛んでいます」
「とにかく、このまま猫を連れて根古の家に行くか?」と安藤。
「ええ。でもその前に、少しあそこに寄りましょう」
勉が指差したのは、喫茶店『ラクカ』の看板だった。
『ラクカ』の扉を開けると、カランカランと乾いた鈴の音が響いた。
店内では、先ほど河川敷で泣き崩れていたカレー店長のムハンマドが、マスターの太田豊に心を落ち着かせるためのハーブティーを淹れてもらい、ようやく一息ついているところだった。
「おや、勉くんに安藤さん……それに、そいつはヤマトじゃないか」
カウンターの奥から、エプロン姿の太田が丸い眼鏡を押し上げて驚きの声をあげた。
「マスター、実はこのヤマトが、僕の事務所の向かいに越してきた東京の三人組の家にいたんです。根古さんの様子、最近何か変わりはありませんでしたか?」
勉がヤマトをカウンターの椅子に座らせると、太田は複雑な表情を浮かべて腕を組んだ。
「根古か……。いや、実はな、昨日も根古はここでコーヒーを飲んでいったんだが、妙にソワソワしていたんだ。いつもなら、大工の鏑木や会計士の長曾我部たちと、この街の古い土地の開発がどうだとか、くだらない愚痴を言い合っているはずなのに、昨日はずっとスマホを気にしていてね。
……そういえば、『東京から、厄介な借り物が届く』とか、そんな不穏な独り言を呟いていたよ」
「東京から、厄介な借り物……」
勉と安藤は顔を見合わせた。それは明らかに、あの三人組(西野、古田、星野)のことを指している。
「やっぱり、根古さんとあの三人組は繋がっている。ルシアさんの事件も含めて、すべての鍵は根古さんが握っているはずです。安藤さん、根古さんの自宅へ行きましょう」
「ああ。これ以上、被害者を増やすわけにはいかねえからな」
太田とムハンマドに別れを告げ、勉たちはヤマトを連れて、根古の家へと急いだ。しかし、彼らはまだ気づいていなかった。
彼らの後ろを、可児署の目を盗んだ地元YouTuberの鳴海美佑が、執念深く尾行してきていることに。




