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可児奇譚  作者: 賀茂丈晴
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第二章 第五話「三つの夜」

### 視点:星野 由紀子 / 北村 唯 / ロドリゲス斎藤 交互


---


## 星野 午後九時 名古屋市内


 曽根崇文の事務所は、名古屋市内の雑居ビルの五階にあった。


 表札には「東亜歴史保全機構」とある。夜の九時過ぎ、まだ明かりがついていた。


 由紀子と千紗都は、通りの向かいのビルの陰から観察していた。


「人影、二つ」千紗都が言った。「一つは動いていない。座っている。もう一つは動き回っている」


「曽根本人かどうか」


「わからない。でも??動き回っている方、電話をかけ続けています」


 由紀子は双眼鏡を下ろした。


 電話をかけ続けている。


 鳴海が消えた翌日の夜に。


 偶然ではない。


「千紗都、裏口を確認してくれ」


「行きます」


 千紗都が音もなく暗がりに消えた。


 由紀子は一人で観察を続けた。


 五階の窓。動き回る人影。


 あの男が曽根だとすれば、今夜は何かを調整している。鳴海を使って、誰かと交渉しているのか。それとも、もう次の手を打とうとしているのか。


 由紀子の経験では、こういう男は焦っているとき、判断を誤る。


 焦らせればいい。


 どうやって??。


 スマホが震えた。麻尋からだった。


「曽根の個人口座から、今夜九時に五百万円が動きました。受取先は??国内の法人ですが、名義が薄い。おそらくダミーです」


「動いた先は」


「追っています。もう少し時間をください」


「わかった」


 千紗都が戻ってきた。


「裏口、人が一人います。立っているだけ。見張りです」


「武装は」


「外からでは確認できません。でも姿勢が、そういう姿勢です」


 由紀子はビルを見上げた。


「今夜は確認だけだ。手は出さない」


「わかりました」


 千紗都は少し間を置いてから言った。


「由紀子さん」


「なんだ」


「鳴海さん、あの中にいると思いますか」


 由紀子は少し考えた。


「ここには置かない。目立ちすぎる。もっと静かな場所のはずだ」


「じゃあ、どこに」


「それを探す」


 答えになっていないことは、わかっていた。


 でも今夜わかることは、曽根が動いているということだけだった。


 それだけで、充分だった。今夜は。


---


## 北村 午後九時半 アパートの部屋


 資金の流れを追うのは、迷路を歩くようなものだ。


 でも迷路には、必ず出口がある。


 私はキーボードを叩き続けた。


---


 東亜歴史保全機構の資金フローは、三層構造になっていた。


 表面??文化財保全の寄付金と、いくつかの助成金。合法だ。

 中層??暗号資産での受け取りと、複数のダミー法人を経由した移動。グレーだ。

 深層??六年前まで遡ると、ある海外口座に行き着く。その口座の名義人は??。


 私は画面を見た。


 止まった。


「……そういうことか」


 声に出た。


 口座の名義人は、半年前に摘発された組織の統括役の親族だった。


 つまり曽根崇文は、組織の残党ではない。


 組織そのものの継承者だ。


 統括役が逮捕された後、曽根が資産と人脈を引き継いだ。「東亜歴史保全機構」は、その受け皿として作られた。


 表向きの活動??杉原記念館や樋口記念碑への接触??は、カムフラージュではない。それ自体が目的の一部だ。


 歴史的施設に食い込むことで、何が得られるか。


 私はそれを考えた。


 三十秒で答えが出た。


 信用だ。


 歴史保全の団体として認知されれば、外国の公的機関や在外組織との接触が容易になる。レビンのような人間が警戒を緩める可能性もある。


 アダムが来日したとき、接触できたのも、そのルートだった可能性が高い。


 私は根古さんに送った。


「曽根は残党ではなく、組織の継承者です。詳細、今から送ります」


 三秒後に返信が来た。


「わかった」


 私はレポートをまとめ始めた。


 その途中で、もう一つ気づいた。


 曽根の資金の一部が、今夜動いていた。


 送金先を追った。


 名古屋郊外の、ある不動産法人に着地した。


 その法人の所有物件リストを引いた。


 一つ、空き倉庫があった。可児市の外れ。


 私は住所をコピーした。


 全員に送った。


「ここに、鳴海さんがいる可能性があります」


---


## ロドリゲス 午後十時 可児市内・配信中


 俺のチャンネルは今夜、六時間連続で配信している。


 登録者百五十万のうち、今この瞬間に見ているのが四万二千人。多い。でも鳴海ちゃんの件だから、もっと集まってほしかった。


 まあ、いい。四万二千の目がある。


---


「皆さん、ロドリゲス斎藤です。今夜も続けます。鳴海美佑を探す配信、六時間目に入りました」


 コメントが流れる。


「まだ見つからないの?」「がんばれ」「自分も可児周辺にいます、何か手伝えることは」


 俺は手伝えることを言った。


「可児市の外れ、山沿いのエリアで不審な車や人を見かけた方、概要欄のフォームから教えてください。今夜中に確認します」


 フェルナンドが隣で地図を広げていた。


「ロドリゲスさん、さっき北村さんから住所が来ました」


 俺は画面から目を離さずに答えた。


「見た。でもまだ配信では出すな」


「なんで」


「残党が見ている可能性がある。俺たちが場所を特定したと知れたら、鳴海ちゃんを動かすかもしれない」


 フェルナンドが「なるほど」と言った。二十代の若いやつだが、勘がいい。


「じゃあどうするんですか」


「根古さんに任せる。俺たちは視聴者の目を別の場所に向け続ける」


 俺はカメラを見た。


「皆さん、今夜は可児市内の主要な交差点と、国道沿いのコンビニの情報を集めています。昨夜から今朝にかけて、不審な車を見た方は??」


 コメントが流れた。


 その中に、一つだけ止まるものがあった。


「昨夜十時頃、可児市外れの山沿いの道で、ワゴン車が止まっているのを見ました。エンジンかけっぱなしで、一時間以上そこにいました。ナンバーは??」


 俺は素早くスクリーンショットを撮った。


 フェルナンドに見せた。


 フェルナンドが目を細めた。


「北村さんの住所と、同じエリアじゃないですか」


「ああ」


 俺は根古さんにナンバーを送った。


 返信が来た。


「わかった」


 俺はカメラを見た。視聴者には何も言わなかった。


 でも、コメント欄に一行だけ書いた。


「ありがとう。確認します。」


 それだけで充分だった。


---


## 星野 午後十一時


 麻尋から連絡が来た。


「北村さんから住所が出ました。可児市外れの倉庫です」


 由紀子はビルを見上げた。五階の明かりはまだついていた。


 曽根はまだ、そこにいる。


 由紀子は根古さんに電話した。


「場所が出た」


「聞いた」根古さんが言った。「今夜は動かない」


「なぜ」


「相手はまだ鳴海を持っている。急いで動いて鳴海が傷つくより、一晩かけて全部揃えてから動く方がいい」


 由紀子は少し考えた。


「……わかった」


「でも??曽根の動きを止める方法を考えてくれ。あの男が次の手を打つ前に」


「止める、というのは」


「動けなくさせる。物理的にじゃなく、心理的に」


 由紀子はビルを見た。


「焦らせればいい」


「そうだ。どうやって焦らせる」


 由紀子は少し間を置いた。


「……あの男が一番恐れているのは、自分の正体が公になることです。組織の継承者だということが」


「それを、匂わせる」


「匂わせるだけでいい。証拠は出さない。でも知っていると、伝える」


「できるか」


「やります」


 電話を切った。


 由紀子は千紗都を見た。


「明日の朝、曽根に手紙を送る」


「何を書くんですか」


「一行だけだ」由紀子は言った。「『六年前の口座のことを知っている』」


 千紗都が少し笑った。


「シンプルですね」


「シンプルが一番効く」


 夜の名古屋は、静かだった。


 でも、もうすぐ動く。


 全部が、もうすぐ動く。


---


*── 第五話 了 ──*



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