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可児奇譚  作者: 賀茂丈晴
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第二章 第四話「それぞれの追い方」

視点:柊 澪 / 星野 由紀子 交互


---


## 澪 午前十時


 師匠が「動くな」と言った。


 だから動かなかった。


 三十分だけ。


 三十分後、澪は自転車に乗っていた。


---


 YouTubeの配信は朝から見ていた。安藤さんと江戸川さんが鳴海さんの失踪を公開捜査にしている。視聴者からの目撃情報が流れ込んでいる。コメント欄は洪水だ。


 でも澪には、気になることが別にあった。


 鳴海さんは三日前、師匠に「アダム・ハイマン」という人物のことを聞いていた。師匠はそれを教えてくれた。澪は横で聞いていた。師匠は澪が聞いていることに気づいていたと思う。でも何も言わなかった。


 つまり、聞いてよかった。


 アダム・ハイマン。杉原ビザの子孫。今、可児市内のどこかにいる。


 鳴海さんが消えた夜、アダムはどこにいたのか。


 澪は自転車を漕いだ。


---


 市内のホテルを三軒回った。


 一軒目、空振り。

 二軒目、空振り。

 三軒目??フロントの女性が、少しだけ目を動かした。


 澪は見逃さなかった。


「外国の方で、長期滞在されている方がいますか」


「それは、お答えできません」


「そうですよね」澪は笑った。「昨日、外でお見かけした気がして。三十代の男性で、少し日本語が話せる方なんですけど」


 フロントの女性は何も言わなかった。


 でも視線が、一瞬だけ、エレベーターの方に動いた。


 澪はお礼を言って、ロビーのソファに座った。


 スマホを出して、師匠にメッセージを送った。


「三軒目のホテルにいると思います」


 師匠から返信が来た。


「動くな」


 澪は返信した。


「もう動いてます」


 既読がついた。返信はなかった。


 怒っているのか呆れているのか、澪にはわからなかった。たぶん両方だ。


---


## 星野 午前十一時


 由紀子は地図を見ていた。


 テーブルの上に広げた、可児市と周辺地域の地図だ。半年前と同じ地図だが、印が増えていた。


 半年前、組織の拠点は四箇所が摘発された。でも組織というのは、頭を潰しても根が残る。根が残れば、また芽が出る。


 由紀子はその根を、ずっと追っていた。


---


 麻尋が隣でパソコンを叩いていた。


「残党の動きが、先月から活発になっています」


「どのエリアで」


「名古屋と可児の間。それと??岐阜」


 由紀子は地図を見た。


 岐阜。


 樋口季一郎の出身地。


「資金の動きは」


「暗号資産で動いています。追いにくいですが、出口が見えてきた。国内の口座に着地する前に、一度、ある法人を経由しています」


「法人名は」


「表向きは文化財保護の団体です。名前は??」麻尋がパソコンを見た。「『東亜歴史保全機構』」


 由紀子は少し止まった。


「歴史保全」


「はい。でも実態は、ほぼ活動実績がない。設立は三年前。代表の名前は複数の幽霊会社と繋がっています」


 千紗都が壁に寄りかかったまま言った。


「杉原記念館とか、樋口の記念碑とか??そういうところに絡んでくる団体じゃないですか」


 由紀子は麻尋を見た。


「確認できる?」


「します」


 麻尋がキーボードを叩き始めた。


 由紀子は地図に戻った。


 名古屋と可児と岐阜を結ぶ線を、指でなぞった。


 その線の上に、記念館があった。その線の上に、記念碑があった。


 そしてその線の上に??可児市があった。


---


## 澪 正午


 エレベーターが開いた。


 男が出てきた。三十代。細い顔。目が疲れていた。でも周囲をよく見ていた。


 澪は立ち上がった。


「アダムさんですか」


 男が止まった。澪を見た。警戒した目だった。


「……誰ですか」


「柊澪といいます。根古親司の、弟子です」


 アダムの顔が変わった。


「根古……さん?」


「知っていますか」


「鳴海さんから、聞きました。信頼できる人だと」


 澪は少し安堵した。


「今、根古さんと連絡が取れますか」


「はい」


「一緒に来てもらえますか。師匠のところへ」


 アダムは少し迷った。でも、うなずいた。


 ロビーを歩きながら、アダムが小声で言った。


「鳴海さんは、大丈夫ですか」


 澪は正直に答えた。


「まだわかりません。でも??探しています。たくさんの人間が」


 アダムは黙った。


 出口のドアを開けながら、澪はスマホを出した。


 師匠に送った。


「アダムさん、確保しました。今から行きます」


 今度はすぐ返信が来た。


「……よくやった」


 澪は少しだけ笑った。


---


## 星野 午後一時


「出ました」


 麻尋が言った。


「東亜歴史保全機構、杉原記念館と樋口記念碑の両方に、過去二年で三回、『保全協力』の名目で接触しています。いずれも断られていますが」


「断られた後の動きは」


「一回目は何もなし。二回目は??記念碑の近くで小火騒ぎがあった。三回目は??」麻尋が止まった。


「なんだ」


「三回目の接触の翌週に、杉原記念館の関係者が一人、交通事故に遭っています。軽傷でしたが」


 千紗都が静かに言った。


「脅しだ」


「そう読めます」


 由紀子は地図から目を離した。


「代表の人間の顔は出ているか」


「一人、名前が出てきます。??曽根崇文。五十代。元商社マン。でも経歴に空白が多い」


 由紀子は「曽根崇文」という名前を、地図の余白に書いた。


「この男が残党の統括役か」


「断言はできませんが??動きが一致しています」


 由紀子は立ち上がった。


「北村に連絡する。資金の流れを深く掘ってもらう」


 千紗都が「雨月さんには?」と聞いた。


「根古さん経由で話す。??ただし」由紀子は少し間を置いた。「今夜、私は曽根という男を直接確認しに行く」


「一人でですか」


「千紗都、来るか」


 千紗都は壁から身を起こした。


「行きます」


 麻尋が画面を見たまま言った。


「気をつけてください」


 それだけだった。でも由紀子には、それで充分だった。


---


## 澪 午後二時 ラクカ


 ラクカに着いたとき、師匠はカウンターにいた。


 レビンという男も、隣にいた。初めて見る顔だった。四十歳くらい。背が高い。目が静かだった。


 アダムがレビンを見た。


「レビン」


「アダム」


 二人が短く言った。それだけで、長い関係がわかった。


 根古がアダムを見た。


「座ってください」


 アダムが座った。太田さんがお茶を出した。


 澪はアダムの隣に座った。師匠が澪を一度見た。何も言わなかった。


 それが、今日の「よくやった」の続きだと、澪は思った。


 根古がアダムに聞いた。


「祖父が持ち出した記録というのは、今どこにありますか」


 アダムは少し間を置いた。


「……日本にあります」


「持ってきていたのか」


「はい。祖父の遺品の中にありました。どこにあるか、気づいていない人間がいると思って、持ってきました」


「今は?」


「安全な場所に預けています」


 根古はコーヒーを飲んだ。


「その場所を、今夜中に変えてもらいたい」


「なぜ」


「残党はあなたを追っている。次は記録を直接狙うかもしれない」


 アダムはうなずいた。


「……わかりました」


 レビンが静かに言った。


「私が動きます」


 根古がレビンを見た。


「頼みます」


 ヤマトがカウンターの上で欠伸をした。


 澪は、この場にいる全員を見回した。


 師匠。レビン。アダム。太田さん。ヤマト。


 シーズン1とは、少し違う顔ぶれだった。


 でも、同じ空気だった。


 何かが、動き始めている空気だった。


---


*── 第四話 了 ──*



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