第3話 三年目の誤発信
三年前、怜司の前から姿を消した美桜。
海沿いの街で静かに暮らしながらも、
彼の番号だけは、どうしても消せないままでした。
もう二度とかけてはいけない。
そう思っていたはずなのに、
ある夜、震える指が、発信ボタンに触れてしまいます。
その矛盾を、私は三年かけても許せなかった。
海沿いの街での暮らしは、静かだった。
私は小さな不動産会社の事務として働いた。朝、決まった時間に出勤し、夕方、スーパーで値引きされた惣菜を買い、ひとりの部屋へ帰る。
誰かと深く関わることはしなかった。
恋人も作らなかった。
怜司の番号も、消せなかった。
消したら、本当に終わってしまう気がした。
でも、かけることもできなかった。
誕生日の夜、私はケーキを買わなかった。
スーパーの棚の前で、小さなショートケーキを見つめて、結局買わずに帰った。
怜司と付き合っていた頃、彼は誕生日に派手なことはしなかった。
でも必ず、小さな花束をくれた。
「花屋で、何を選べばいいかわからなかった」
そう言いながら、毎年違う花を持ってきた。
一年目はガーベラだった。
二年目は白いチューリップだった。
三年目は、まだ来なかった。
私は誰もいない部屋で、冷めた味噌汁を飲みながら思った。
これは、私が選んだ寂しさだ。
だから、誰にも慰められてはいけない。
けれど、私が寂しさを抱えたところで、怜司の傷が消えるわけではなかった。
三年目の秋。
駅前で、怜司に似た後ろ姿を見た。
白いシャツに、黒いコート。背筋の伸びた立ち姿。人混みの中で一瞬だけ見えた横顔に、心臓が止まりそうになった。
違う人だった。
それなのに、その夜、私は眠れなかった。
午前零時を過ぎてから、私はスマートフォンを握った。
怜司の番号は、まだ残っていた。
消せなかった番号。
かけてはいけない番号。
画面に表示された名前を見つめるだけのつもりだった。
ただ、まだそこにあることを確かめたかった。
自分が三年前に捨てたものが、完全には消えていないことを、こっそり確認したかった。
けれど、指が震えた。
画面に触れた瞬間、発信音が鳴った。
「……っ」
慌てて切ろうとした。
でも、指がうまく動かなかった。
呼び出し音が、一度。
二度。
三度。
切らなきゃ。
今すぐ切らなきゃ。
そう思った瞬間、電話がつながった。
「……美桜?」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
消せなかった番号。
かけるつもりのなかった電話。
三年ぶりにつながった先で、
美桜が聞いたのは、忘れられなかった怜司の声でした。
次話では、切ることも逃げることもできない電話の向こうで、
二人の止まっていた時間が、もう一度動き出します。




