刃の灯火、祈りの光-2
そしてセシリアの周囲には、また別の熱があった。
「本当に、あの光は……」
「まるで御使いのようだった」
「いや、聖女だろう」
「お前、それ口に出したら失礼――」
「でも本当にそう見えたんだから仕方ないだろ!」
若い兵士たちが、どこか熱に浮かされたように語り合う。その声は興奮というより、“見てしまったものの大きさ”に追いつけない心の震えに近かった。
彼らの視線の先で、セシリアは困ったように微笑んでいた。その微笑みは、朝の薄明に溶けるように柔らかく、まるで光そのものが形を取ったかのようだった。
重殻喰いとの決戦で、セシリアが張った結界。
ドミニチ大枢機卿と神官たちとともに、魔力を遮断するあの白い術式を成立させた姿は、兵たちにとって“神話の一場面”に近かったのだろう。
戦場のただ中に現れ、災厄の再生を止めた白い光。その光は、血と叫びが渦巻く戦場の空気を一瞬だけ静め、まるで世界の色を塗り替えるかのように白く、澄んだ輝きを放っていた。
あの瞬間、兵たちは確かに見たのだ。
――絶望の闇に差し込む、ひと筋の救い。
――祈りが形を取り、世界を守る力へ変わる瞬間。
それは兵たちの記憶の中で、すでに少しずつ現実を越えた“物語”へ変わり始めていた。彼らの語る「光」は、もはや魔術の現象ではない。恐怖の底で見上げた、「生きて帰れるかもしれない」と思わせてくれた奇跡そのものだった。
だからこそ、セシリアの周囲に集まる兵たちの熱は、エルザに向けられるそれとはまったく違う。
剣への憧れでも、戦士への尊敬でもない。もっと静かで、もっと深くて、もっと言葉にしづらい――“救われた者が抱く、感謝と畏れの入り混じった熱”だった。
セシリアはその熱を受け止めきれず、困ったように微笑む。その微笑みは、朝の薄明に溶けるように柔らかく、兵たちの胸に残る“あの光”をもう一度そっと揺らしていた。
「そんな、大げさです」
セシリアは柔らかく言う。その声音は、朝の薄明のように静かで、聞く者の胸の奥にそっと染み込んでいく。
「私は一人では何もできませんでした。大枢機卿様と、神官の皆さんがいてくれたから――」
その言葉は謙遜ではなく、本当にそう信じている者だけが持つ透明さを帯びていた。だからこそ、兵たちは逆に落ち着かなくなる。
「その言い方までそれっぽい……」
「やめろ、お前」
「でも実際、心が洗われる感じがしたんだって!」
兵たちの声は、どこか照れを含んで弾む。まるで、自分たちが“奇跡を見た”と認めるのが恥ずかしいかのように、冗談めかして言葉を重ねていく。だが、その言葉の奥には、確かに“あの光”を見た者だけが抱く震えがあった。
――白い結界が張られた瞬間の静寂。
――災厄の再生が止まったあの刹那。
――祈りが形を取り、闇を押し返した光。
その光は、兵たちの記憶の中で現実を越え、すでに“神話”へと変わり始めている。
セシリアは困ったように微笑む。その微笑みは、自分が"神話"の中心に置かれていることへの戸惑いと、それでも逃げずに受け止めようとする静かな強さを含んでいた。
朝の風が彼女の髪を揺らし、その揺れは、兵たちの胸に残る“救われた記憶”をそっと撫でていくようだった。
兵たちは気づいていない。彼らが“聖女”と呼びたくなるその光は、奇跡ではなく、セシリアという少女が必死に差し出したただの優しさと勇気の結晶なのだということに。だからこそ、その光はこんなにも人の心を掴むのだと、レオンには分かっていた。
その様子を少し離れた場所で見ていたドミニチ大枢機卿が、穏やかに目を細めていた。咎めない。否定もしない。ただ、微笑ましいものを見るような顔で。
だが、その微笑みは決して軽いものではなかった。老女のその表情には、いくつもの感情が静かに折り重なっていた。
守ってきた者が、こうして人の心に光を残していることへの安堵。あの戦場で、白い結界の中心に立ち、祈りを光へと変えた少女が、今は兵たちの前で困ったように笑っている。その姿を見られること自体が、すでにひとつの救いだった。
そしてその光がこれからもっと重い役目を背負わされることへの、静かな祈り。
セシリアの背に宿る光は、ただの魔術ではない。人の心を照らし、時に導いてしまう種類の光だ。それは祝福であると同時に、重荷にもなる。
ドミニチ大枢機卿はそれを知っている。長い年月の中で、何度も見てきたからだ。喜びだけではない。誇りだけでもない。その両方を抱えた、深い微笑みだった。まるで、「どうか、この子の光が折れませんように」「どうか、この子が自分の光に呑まれませんように」と、言葉にしない祈りを風に託すように。
朝の薄明が老女の横顔を照らし、その光は、彼女の胸に宿る祈りの深さを静かに浮かび上がらせていた。




