アルトVSクロエ
ユーリの家に戻ると、ユーリはソファの上で横になっていた。
「ミレーヌ大げさなんだよ、ただのぎっくり腰だろう」
そう言いながらユーリは笑ったが、笑った振動で腰が痛み、「いつっ!」と顔をしかめた。
なんでも、力試し大会に向けて家の前でウォーミング・アップをしていたところ、近所の人に荷物運びを頼まれ手伝おうとしたが、存外荷物が重かったらしく、ぎっくり腰になってしまったらしい。
「これじゃあ、お祭りに参加するのは無理ね……」
ミレーヌが言うと、ユーリは、
「いやいや、大丈夫さ」
と身体を起こそうとしたが、激しい痛みで動けなくなってしまった。
「お父さん、お祭りに出れないの?」
「牛2頭を手に入れるチャンスだったけど……仕方ないよね」
メグとマリーも残念そうに、ユーリの身体をいたわる。
そうなると一番悔しいのはユーリであった。
「くそ……」
せっかくのチャンスを逃してしまった。これも全て自分が不甲斐ないせいだ。そのせいで、家族に苦労を掛けてしまっている。
ユーリは奥歯を強く噛み、身体を覆うブランケットを強く握りしめた。
「俺が代わりに出ます」
アルトの突然の申し出に、ユーリたちは驚き、一斉にアルトを見た。
「い、いや、アルトくんって殴り合いとかできるの?」
マリーが聞いた。
「どこまでできるか分からないけど、でも参加しないと優勝する可能性もないだろう」
ユーリもアルトを止めようと、
「で、でも危ないぞ、最悪大怪我しちまうかも知れないんだぞ。止めときなって、うちのことは気にしなくて良いから」
と慌てながら言ったが、アルトはあっけらかんと笑った。
「大丈夫ですって、危なくなったら棄権しますから。それに、1晩泊めてくださったお礼をしたいんです。皆さん、そんな深刻に考えずに、やれるところまでやれば良い、くらいに思ってください」
そう言われると、ユーリも無理に出場を止めさせる理由もなくなってしまった。
「……そ、そうか、じゃあ、危なくなったら棄権すること、それが条件だ」
「了解です。それで、1つ……いや、2つお願いがあるんですけど……」
アルトの出したお願いの1つは、もちろん「鍵」。副賞のチャンピンベルトをもらうこと。
そして、もう1つは――
「本当にこれで良いの? 私が学校の授業で作ったヤツだけど」
「十分十分、顔を隠せればそれで良い」
マリーが不格好な木彫りの仮面をアルトに渡すと、アルトは仮面を顔につけ、その上から眼鏡を掛けた。
「眼鏡はするんだ」
「そりゃ見えないからね」
本当は、眼鏡を掛けていないと、魔族の、それも強大な魔力が漏れてしまうためだ。
「アルトくんも、あのベルトが気に入ったんだね、かっこいいもんね」
メグは、アルトも自分と同様にチャンピオンベルトを格好いいと思っているからチャンピオンベルトを欲しがっていると思っており、心配する姉のマリーとは対照的に楽しそうにはしゃいでいた。
「本当、無理しないでよ、田舎町の祭りだけど、毎年町の外から結構強い人たちが参加するんだから」
マリーが言うとおり、試合場の周りには、タルエンの町の住民には見えない風貌の者が多数見受けられた。
と、その中に、見覚えのある顔。
「良いか、1番成績の悪い奴が罰ゲームだぞ」
「こんな田舎町の祭りで敗けるかよ、準決勝から俺たち同士の対戦になるに決まっている」
「まあ、普通に考えればそうだが、クロエはどうだろうな、ハッハッハ」
そう言って3人の男は、ブロンドの髪をポニーテールにした、大きな目の女に視線を向けた。
「本当にこんなことをして良いの? 一応、任務の最中でしょう?」
ブロンドの髪の女は、スペリアム王国第13騎士団の女騎士クロエであった。
クロエは、同僚の第13騎士団の騎士3人とともにある任務の最中であるが、3人が力自慢大会に参加したいと言い出し、成り行きでクロエも参加することになってしまったのだ。
仲間の1人がクロエの懸念を笑い飛ばす。
「お前は真面目過ぎだぞ、別に上官が見ているわけじゃないし、それに明日中に首都に着けば良いんだ。少しくらい遊んだって罰は当たらないだろう」
「は、はあ……」
クロエはやはり納得できない様子だが、表情とは裏腹に身体を動かし始めた。
やるからには手を抜かないのがクロエの性格。
「スペリアムの騎士として、素人相手に負けんなよ」
そう言って仲間の騎士はクロエの肩を叩いた。
力自慢大会の参加者は16名。トーナメント形式で優勝者を決める。
ルールは、相手が気絶するか降参するかで勝敗を決し、武器は用意された木製のものだけの使用が可能。そして、力自慢大会という名前どおり、魔法は禁止となっていた。
そして、アルトの第1回戦の相手は――まさかのクロエ。
騎士とばれないように、クロエはいつもの制服ではなく、白いブラウスにベージュのパンツをサスペンダーで釣っている私服であった。
アルトは、あまりの偶然に不運を恨みながら、クロエに正体がバレないようにできるだけクロエを見ないようにしていた。
一方、クロエは、対戦相手の体格や姿勢にどこか既視感を覚えながら、仮面のためにアルトとは気付いていない。
それどころか、試合場の真ん中でアルトと対峙すると、クロエは、
「そんな恰好で出て来るとはふざけているのか?」
とアルトを睨みつけた。
クロエが怒るのも無理はない。
アルトのつけている仮面は、不格好というのもあるが、一応は目鼻口が掛かれているものの、ふざけた表情であり、しかもその上に眼鏡を掛けているのだ。バカにしていると思われても仕方がない。
しかし、アルトは自分の正体がバレたくないので、無言で頷き、それがまたクロエを苛立たせた。
バカ真面目なクロエの嫌いなタイプは、人が真面目にやっているときにふざける奴。今のアルトの格好は、1番嫌いなそのタイプであった。
「行くぞ!」
試合開始の鐘がなると、クロエは一気にアルトとの距離を詰めた。
先手必勝。素人などに敗けるなど許されないため、クロエは初めから全力。
アルトに接近しつつ、クロエは木剣を振り降ろした。
アルトは自分の木剣でクロエの攻撃を受けると、剣を返して逆にクロエに斬りかかり、クロエは後ろに下がってアルトの木剣をかわした。
「思ったよりも強い、剣術の経験があるな」
クロエは呟いた。
クロエは、田舎町の祭りの参加者ならたかが知れているだろうと考えていた。しかし、今の相手の動きは、手練れの動き。
クロエは一層気を引き締め、再びアルトに向かって剣を振るった。
そこからは、2人の木剣がぶつかり合う乾いた音が幾度も鳴り響く。
動き回って怒涛の如く攻めるクロエに対し、アルトはその場からあまり動かず、最小限の動きでクロエの剣を防いでいた。
アルトがクロエと剣を交えるのはこれが初めて。周りの騎士からは落ちこぼれと呼ばれるクロエであったが、少なくとも剣の腕は素人ではない。剣の腕だけなら、アルトと同等を言っても良かった。
おそらく愚直に剣術の稽古に励んできたのであろう。太刀筋も綺麗で、上段からの振り降ろしには鋭さもある。
だが、それゆえに、アルトはクロエがなぜ弱いかが分かってしまった。
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