決勝進出
クロエが一旦距離を取ったタイミングに合わせて、アルトはクロエに向かって木剣を投げた。
予想外のできごとにクロエは反応が遅れ、木剣を回避できず右腕に当ててしまう。そして、クロエが驚いている間にアルトはクロエとの距離を詰めると、クロエが握る木剣の柄を右手で掴み、クロエの脚を払って地面に転がしつつ、クロエから木剣を奪い、仰向けに倒れたクロエの喉元に木剣の切っ先を突き付けた。
ここからの逆転は不可能。
「ま、参りました……」
クロエは降参を口にし、唇を噛んだ。
まさか、こんな田舎町の祭りで、ふざけた素人に敗けるなんて、騎士として恥だ。
そんなクロエの悔しさが伝わって来たので、本当はこのまま正体は隠したままにするつもりであったが、アルトはクロエに顔を近付け、仮面を少しずらし、金色の瞳をクロエに見せた。
「恥じることはない、相手が悪かった」
「あなた……アルト!」
「おおっと、大きな声を出すな。お前があまりにも悔しそうだから、特別に正体を明かしたのだ」
確かに、元・魔王であるアルトが相手なら、負けるのも仕方はない。だが、
「悔しいことは悔しいわよ……」
クロエはアルトから視線を逸らし、アルトを押しのけるようにして起き上がり、試合場を後にした。
アルトとクロエの、なかなかのハイレベルな戦いに観衆が湧く中、最前列で見物していた商人レイチェルは、仮面の男が先ほどであった珍しい眼鏡を掛けた青年――アルトであると気付いていた。
「へえ、見かけによらずやるねえ、一体何者だいありゃあ……眼鏡よりも、彼の方が価値があるかも知れないねえ」
そう言いながらレイチェルは品定めをするように、試合場から出るアルトを目で追い掛けた。
一方、試合場を後にしたクロエが3人の仲間の騎士のところに行くと、どうやら仲間たちはクロエの試合を見ていなかった様子で、
「おう、クロエ、どうだった? 勝ったか?」
と無邪気に聞いて来た。
「……敗けた」
クロエが俯きながら言うと、3人は大笑い。
「ハッハッハ、冗談だろう? こんな祭りで1回戦負けって、やっぱり弱えなあクロエは」
「まあ、俺らが仇をとってやるよ」
「お、次は俺の試合だ、クロエよく見てろよ、騎士の戦いっていうものを見せてやる」
その後、力自慢大会は進み、クロエ以外の3人の騎士は初戦を勝ち抜き、第2回戦が始まった。
アルトの第2回戦の相手は巨漢の大槌使い。
鏡餅のような大きな腹で敵の攻撃を受け切り、敵が疲れたところで力一杯大槌を振り降ろして叩き潰すという戦闘スタイルで第1回戦を勝ち抜いたが、アルトはデコピン1発で試合場の外まで弾き飛ばし、僅か十数秒で勝利した。
次の準決勝の相手は鞭使いの女。
俊敏かつアクロバティックな動きで相手を翻弄し、隙を突いて鞭で絡めとり、さらに首を絞めて相手の意識を奪うという方法で勝ち上がって来たが、アルトは音速を超える速度の鞭をあっさり捕まえると、女が反応できない速度で逆に女を鞭で縛り上げて勝利し、難なく決勝に駒を進めた。
一方、クロエの仲間の騎士たちは、第2回戦で騎士同士の試合となり1人が脱落。もう1人も第2回戦で敗北し、その騎士に勝った男に1人勝ち上がった騎士も準決勝で敗北し、騎士たちは準決勝で全員が姿を消した。
そして、決勝戦――
アルトの対戦相手の男は、武器を持たず、素手。体格はアルトよりも少し大きいくらいで、ノースリーブの上着から見える肩と腕は、筋肉が発達しており太くたくましい。
試合開始が近付き、アルトは試合場の中央で男と対峙すると、男を観察した。
男の眼には生気がない。ブツブツと何かを呟いているが、何を言っているのかは聞き取れない。
これまでの3試合を見たが、男は徒手格闘に優れ、いずれも短時間で無傷で勝利していており、その強さは底が知れない。人のことは言えないが、およそ、こんな小さな町の祭りに参加するレベルではない。
2人は、互いの間合いの外まで距離を取ると、試合開始の合図を待つ。
相手は常にカウンターで勝利してきているため、試合開始後は間合いの外で互いに様子見になると、アルトは考えていた。
そして、試合開始の鐘が鳴り響くと、意外や意外、
「うおおおおおっ!」
と叫びながら、対戦相手の男は拳を振り上げて飛び掛かって来た。
アルトは予想外の攻撃に少し驚きつつも、余裕を持って腕でガードし、数歩下がった。男は間髪入れずにアルトとの距離を詰めてまたも拳を向け、アルトが回避すると、男の拳は試合場を囲む木の柵に当たり、木の柵は粉々に粉砕された。
男の攻撃は止まらない。今度は蹴りの連続。これまたアルトは回避していたが、男は不意にジャンプすると、縦に回転しながらアルトに向かって踵を振り降ろした。
しかし、アルトは数歩下がって難なく踵落としを回避し、男の脚は地面に命中する。
ドオオオン!
なんと、男の踵落としの衝撃で地面が砕け、周囲に地割れが走ったではないか。
これには観客たちも驚いた。魔法を使わず、武器も使わずに、地面を砕いたのだ。常識外れのパワーである。
「あ、アルトくん大丈夫かな……」
メグが不安そうにマリーの手を握った。
「う、うん、危なくなったら棄権するって言ってたし……」
マリーは自分の手が汗で濡れているのを感じながら、メグの手を握り返した。
「な、な? あれに敗けたのなら仕方ないだろ?」
アルトの対戦相手の男に敗けたクロエの仲間たちが、自らの敗けを弁明するように男を指差しながら言った。
クロエもこんな所で規格外の男を見ることになるとは思っていなかったため、驚きはしたが、規格外はその男だけではない。
「ふむ……もしや貴様」
アルトは慌てることなく、冷静に男を観察し、男が再び拳を振り上げて襲いかかってくると、今度は回避せず、男の腕を掴み、流れるようにその関節をへし折った。
しかし、男は折れた腕をものともせず、アルトを振り払い、アルトの頭部目掛けてハイキックを放つ。アルトは身体を少しのけ反らして、ハイキックを回避しつつ、軸足の膝を踏み付けるように蹴って男の膝を破壊した。
普通ならばこれで転倒するはずだが、男は一瞬倒れそうになりながらも、踏ん張って転倒を避け、それだけでなく、なんと膝を破壊された脚で踏み切ってアルトにタックルを仕掛けてきた。しかも折れた方の腕も使ってアルトの身体をしっかりキャッチし、タックルの勢いを利用してアルトを抱え上げると、ひねりながらのけ反り、アルトを背後の地面に勢いよく叩きつけた。




