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目覚めると、アークの寝顔が目の前にあった。珍しい。いつも私より早起きのアークが、まだ寝息をたてている。
夜も私の方が先に寝る、というか気絶するので、夫の寝顔は滅多に見られない。起こさないように気をつけながら、少しだけ離れてピントを合わせた。
アークの顔は整っているが、美しいというより凛々しいとか雄々しいというタイプだ。それが今はあどけなく見える。可愛い。頭をよしよししたくなる。
「そろそろ目を開けてもいいか?」
口だけが動いて問い掛けられ、私はオレンジ色の髪に延ばしかけた手を止めた。
「兄様、起きてたの?」
驚いて、思わず兄と呼んでしまった。最近気をつけていたのに。この10日ほどはお仕置きを免れていたのに。
「リアはまだ夫婦としての自覚が足りないな」
目を眇め、でも口元には隠しきれない笑みを浮かべるアークが、嬉々としてお仕置きを行使した。
「今朝はしないって約束だったのに……」
朝から元気な夫に可愛がられ、やり過ぎたと謝られながら風呂に入れられ、現在服を着せられて髪を拭かれている。8年も寝たきりだった私の身体は筋肉が落ち、骨も細くなっている。目覚めてひと月、頑張ってリハビリしているが、それでもまだ日常生活すら儘ならない。
「すまない。だが、出掛けるのは昼前だし」
「体力ないんだから加減してって、いつも言ってるよね?」
「これでも加減してるつもりなんだが」
恐ろしい事を聞いた。聞き流そう。
私の身支度を整えたアークは、自分の支度は適当に済ませ、ドアを開ける。廊下には既に朝食のワゴンが運ばれていて、いい匂いが漂ってくる。いつもの朝の光景だ。
今日は目覚めて初めて外出する予定だ。窓から見える空は晴れていて、絶好の外出日和だった。だがアークの表情は優れない。内心ではまだ外出に反対なのだろう。
今日の正午、レグルス王子達3人は恩赦を与えられ、釈放される。私は3人を見送るために、城門まで出向くのだ。
強硬に反対していたアークを私と一緒に説得してくれたのは、ミモザちゃんだった。今日も揃って出掛ける予定だ。
「いざって時はアタシがミリアリアの盾になってやるわよ!」
そうミモザちゃんが啖呵を切ったので、アークは私の我儘を許してくれた。ミモザちゃんは護衛騎士にメチャクチャ怒られていたが。
ゆっくりと朝食を取る。最初はスプーンさえ持てなかった。今の私はそこらのご令嬢より軟弱だ。パンを千切るのに苦戦している私に、アークがボソリと零す。
「どうしても行くんだな」
「うん。これは私のけじめなの。迷惑掛けてごめんね」
「迷惑だなんて思っていない。俺はリアが心配なだけだ」
アークが心配してくれているのは私の心。レグルス王子達と対面して、私が傷付かないかと不安なのだ。王子達のことだけではない、神殿の外で黒い目を晒して、視線や言葉で傷付けられないかと案じてくれている。
でも、私は大丈夫だ。
私の護衛騎士はアークだ。
結婚披露宴で私の黒い目を見た親族が、懸念を洩らした。その時アークが言ってくれた。
「リアが心穏やかでいられるよう、俺が目一杯愛情を注げばいいと、そういう事だろう?魔に影響が出ないよう、辛いことも苦しいことも考える暇もないほど、幸せにすればいいだけの事だ」
その言葉通り、アークは私を心身共に護ってくれている。だから私は大丈夫だ。
時間までゆったりと過ごし、私達は神殿を出た。馬車には私とアーク、ミモザちゃんと彼女の護衛騎士が乗っている。
城の城門に着いた時、ちょうど正午を報せる鐘が鳴っていた。
私はミモザちゃんと並んで待つ。私達が着るお揃いの衣装は、大聖女の法衣。大聖女エンドで主人公が着ていた物を、ミモザちゃん監修で再現したという。アークと護衛騎士が着る衣装も同様で、ゲームの聖騎士の鎧が忠実に再現されている。
やがて衛兵に連れられて、レグルス王子、リゲル、シリウスが出てきた。8年の牢暮しは3人の面差しを変え、学園の憧れだった頃の見る影もない。
3人は俯き加減に歩いて来たが、私達に気付いて顔を上げた。目を見張り、息を呑み、口を開こうとした。だが、それだけだった。
私はミモザちゃんと手を繋ぐ。同時に息を吸う。
「レグルス、リゲル、シリウス。私達は貴方方を赦します」
3人は私達の前を、静かに通り過ぎていった。レグルス王子は真っ直ぐ前を向き、リゲルは僅かに頭を下げ、シリウスは目を逸らしながら。きっともう会う事も無いだろう。
3人の姿が雑踏に紛れたころ、よろけた私をアークが支えてくれた。まだ一人で立つのは難しい。
「これでアタシが立派な聖女様だって示せたわね!」
アークに私を託したミモザちゃんが、胸を張る。
「ミモザちゃん、そのために来たの?」
「当たり前じゃない。未だにアタシの事偽者だとか次点だとか言う奴等がいるのよ!ここらでビシッと決めとかないと!」
護衛騎士が後ろで微妙な顔をしているが、これでこそミモザちゃんだ。
「じゃ、アタシは街をブラブラして帰るから!アンタ付いて来なさい!」
ミモザちゃんは言うだけ言うと、護衛騎士を引っ張って行ってしまった。
私はアークと二人、馬車に乗り込む。私にはまだ街歩きは無理だ。もっと自力で動けるようになってから、アークと一緒に来よう。
アークと隣り合わせで座席に座る。そっと肩にもたれると、アークが私の頭を撫で、髪を指で梳く。
私はそれだけで安心し、うつらうつらと眠りに落ちた。
ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。
本編はこれで完結です。
今後は不定期で、後日談などを更新していく予定です。
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