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 ミモザちゃんと他愛もない話をしているうちに、アーク兄様が帰ってきた。同じ長椅子に隣合って座る私達に、兄様はご機嫌斜めになった。


「ただいま。リア、俺が居なくて寂しかったよな?」


 私はコクコクと頷く。それ以外の返事は有り得ない、兄様の機嫌を悪化させないためにも。

 アーク兄様は私の手を取ると、さり気なく引いて立ち上がらせる。別の椅子に私を誘導し、自分が座った後に私を座らせた。私の定位置は兄様の膝の上になりつつある。これは不味い。


「嫉妬深いダンナが帰ってきたから、アタシは退散するわ」


 ミモザちゃんが呆れた調子で言いながら席を立つ。追い出すようで申し訳無い。


「ありがとう、ミモザちゃん」


 後ろ姿に声を掛けるとミモザちゃんはヒラリと手を振り、その手でドアノブを掴んだ。ドアが閉まる直前、ミモザちゃんが残していったニヤニヤ笑いに顔が赤くなる。

 兄様、せめて完全に二人きりになってからにしようよ!


 文句をつけようにも口は塞がれている。ここで抵抗するとキスが長引くか、次の段階に進んでしまうだけなので、兄様の気の済むまで受け入れる。

 ─────────長いな!息苦しくなってきたよ!

 私が腕をテシテシと叩くと、兄様はやっと私の呼吸器を解放してくれた。


「兄様、ミモザちゃんにまでヤキモチ焼かなくても」

「俺はもう兄じゃない、と言ってるよな?」


 ヤキモチに関してはスルーの構えだ。ここも、あまり突付くと蛇が出るので程々にしないといけない。結婚してからの兄様の取扱説明書には、注意事項がやたらと増えた。


「分かってはいるんだけど。ずっと兄様って呼んでたから、なかなか変えられなくて」

「俺の夫としての愛情表現が足りないからか」

「違うから!むしろ供給過多だから!私が切り替えられないだけ、これ以上は無理だから!」

「何が無理なんだ?」


 お願いだから察してください!


「アーク兄……アーク。夫婦なんだから分かるよね、ね?」


 兄様はクスクス笑っていた。良かった、ご機嫌は治ったみたいだ。あとは先手必勝、話題を変えて、この甘ったるい空気も変えなくては。


「それで、お城からのお呼び出しは何だったの?」

「ああ、恩赦についてだ。リアが、聖女が回復したから、レグルス王子達に恩赦を与えたいそうだ」

 

 8年前の騒動で、レグルス王子は王位継承権を剥奪のうえ王族の牢である北の塔に幽閉、シリウスとリゲルは貴族籍を抜かれて王城の地下牢に入れられたのだそうだ。その3人を解放したいと打診があったという。


「リアはどう思う?お前が1番の被害者だ、お前の意思を尊重するようにと、陛下も仰っていた」


 私はレグルス王子達をどう思っているだろうか。


 好きか嫌いかで言えば間違いなく嫌いだ。殺されかけたのも、私にとっては数日前のことに思えるから、赦せるとは言えない。


 だが、彼らがした事は、はたして8年も牢に入れられる程の罪なのだろうか。


 客観的に見てみれば、彼らは国王と神殿に与えられた役割をこなしただけだ。聖女を殺すようにという命令に従っただけなのだ。実際、聖女が2人というイレギュラーや私が聖女を生き残らせようと色々画策した事、そんな予定外の事が無ければ、彼らは罰せられることも無かっただろう。

 そこまで考えて、私は気になっていた事を思い出した。


「ねえ、8年前の兄様、いえアークの役割は何だったの?」


 あの3人とは違うように思われた、兄様の立ち位置は何処にあったのだろう。


「一人だけ、別の役割があったんじゃないの?」


 兄様はマジマジと私の顔を覗き込み、苦笑した。


「リアは妙な所で鋭いな。その鋭さを俺の気持ちに向けてくれていれば」

「いいから答えて!」

「……俺は監視者だった。あの3人が何を考えどう動くかを近くで観察し、報告するのが俺の役割だった」

「レグルス王子達の行動次第では、英雄として祀り上げられる未来もあったのね」

「聖女に真摯に向き合っていればな。だが、元々素行の良くない者が選ばれているのだ。これまでの歴史の中でも、英雄になった者はほとんどいない」


 レグルス王子達3人は篩にかけられていたのか。王家と高位貴族に必要か、不要か。そして不要と判断された。


「それから俺には、殺された聖女の亡骸を運ぶという役目もあった」


 これにも納得だ。神殿の地下には驚くほど何も無かった。もしも歴代の聖女が、私やミモザちゃんと同じように、殺された後に打ち捨てられていたら。

 聖なる薔薇の扉は、聖女がいないと開けられないのだ。


「一人だけ衣装が黒かったのは、血に染まった聖女を運んでも汚れが目立たないためね。他の3人の衣装が白いのは、返り血で誰が聖女を殺したか示すため。違う?」


 兄様は答えない。沈黙は肯定だ。

 本当に、どこまでも、胸糞悪いシステム。

 これからもこの国は、たった一人に穢れを押し付け命を奪い、実際に手を下した人に罪を全て擦り付け、不都合な真実は隠していくのだろうか。


 私はまた身勝手な正義感を振りかざしているのかもしれない。でも、ミモザちゃんはこれがハッピーエンドだと言ってくれた。主人公が太鼓判を押してくれたのだ、私はまた余計なことをしてみよう。


「レグルス王子達の恩赦を望むわ。ただし、条件を付けて欲しいの」


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