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アーク兄様の声が聞こえた。
ずっと兄様の気配は近くにあった。話し掛けてくれていた気もする。でも、はっきりと耳に届く兄様の声は久し振りのような気がした。
私は目を開けようとしたが、上手くいかない。ただ瞼を押し上げる、それだけの事が難しい。開ける、という強い意思を持って瞼に意識して力を入れ、やっと持ち上がる。
なかなか焦点が合わず、時間が掛かって何とか像を結んだ先には、潤んだ茶色い目があった。
「リア、俺が判るか?」
記憶の中の姿よりも大人びているけれど。
「……アーク兄様……」
声が掠れる。きちんと兄様の耳に届いただろうか。
アーク兄様の目からボロボロと涙が溢れ、涙と共に兄様の身体が落ちてきた。
「リア、リア、やっとだ。8年も掛かった……」
兄様がグズグズと鼻を啜りながら、何度も私の名前を呼ぶ。8年か、予想よりも短いなというのが私の正直な感想だ。下手したら一生分位掛かるんじゃないかと思っていた。それを、10年足らずで私を目覚めさせる所まで持ってきてくれたのだ、周りがどんなに力を尽してくれたか簡単に想像出来て、感謝しかない。
「兄様、ありがと」
上手く話せないのがもどかしい。態度だけでも感謝を伝えたいのだが、身体も思い通りには動かない。右腕を持ち上げようとして叶わず、私は己の筋力低下を嘆いた。せめてもとアーク兄様に擦り寄ると、兄様は一瞬固まって、更に強く私を抱き締めてきた。
「リア、あぁ愛している!今から結婚式だ!」
文脈が可笑しくないですか?今すぐ結婚したい、とかならまだ分からなくもないが。
表情筋が頑張って仕事をしてくれたようで、私の疑問が表れていたのだろう。兄様の肩越しに父が顔を覗かせて、苦笑を浮かべる。父様居たのか、気が付かなかったよごめんなさい。
「起きて早々で申し訳無いけど、アークを止められなくて」
「心配するな、8年前から結婚してるし初夜も済んでいる!後は神に誓いをたてるだけだ!」
いや順番可笑しいよね!?てか何を大声で叫んでるんだ!
「リア、ごめんよ。本当にごめん、誰もアークを抑えられなくて」
「嫌なら誓わなくてい……ガハッ」
「茶番はいいからさっさと始めましょうよ」
イザール兄様大丈夫?ミモザちゃんも居たんだね、お手数だけどイザール兄様に回復魔法をお願いできるかな?
8年の眠り?から目覚めたばかりの頭では、処理能力が追い付かない。私がボーッとしているうちに、影の薄い従兄───今も神官長らしい───が祭壇に立ち、あっという間に神への結婚の誓いが終わってしまった。
「さあ披露宴会場に移るわよ!」
どうしてミモザちゃんが仕切っているのだろう。
私はアーク兄様に抱えられて拝殿を出ると、別の建物へと移動する。ゾロゾロ付いてくる皆の話によると、この結婚式擬きはミモザちゃんのプロデュースらしい。ミモザちゃん、後でちょっとお話があります。
披露宴会場には神官や巫女だけでなく、親族に友人知人、アルカディア家の使用人までが揃っていた。順番にお祝いを言いに来てくれる人々を、私はアーク兄様の膝の上で出迎える。
「ミリアリア様、ご結婚おめでとうございます」
デネボラ様の隣には、ラサラス殿下。えっ、そういう事?
「ラサラス殿下とデネボラ嬢は5年前に結婚された。殿下が侯爵家に婿入りされて、それと同時に侯爵家当主になられたんだ」
アーク兄様が説明してくれる。お二人はとても仲睦まじそうで、デネボラ様のお腹は少し膨らんでいた。
「おめでとう、ございます」
「ありがとう。ああ、無理に喋らなくて良いよ」
にっこりと笑うラサラス殿下は、相変わらずお優しい。デネボラ様はレグルス王子なんかと結婚しなくて本当に良かったと思う。
レグルス王子達3人はどうなったのだろう。私はふと思ったが、それは今聞くべき事じゃない。
披露宴は盛況だった。皆楽しそうで、嬉しそうで、私も幸せな気持ちになる。
「幸せだな。……リアは幸せか?」
不安げに尋ねるアーク兄様に、私は抗議の目を向けた。兄様は私の不満の原因を勘違いしたのだろう、シュンと項垂れる。
「……すまない。だが俺はリアを手放すことは出来ない。この結婚が嫌なら、俺を殺してくれ」
ここまでしておいて、記憶にないけど私の純血まで奪っておいて、何を言っているのだ。結婚式の日に不吉なことを言わないで欲しい。それに、兄様は私が自分に時間魔術を掛けた理由を、まるで理解していない。
私は必死に頭を上げ、アーク兄様に口づけた。
「私も、幸せ。愛してる」
兄様は涙を流しながら笑った。




