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 目覚めると、いつも通り可愛らしい妻の寝顔が目の前にあった。長い睫毛がカーテンの隙間から射し込む朝日を受けて、金色に煌めいている。その奥にある金の瞳が見られなくなって8年。長かった。ようやくこの日を迎えられた。


 俺は金色の睫毛に縁取られた瞼に続けてキスをして、リアの身体を抱き締めた。8年の間に、元々細かったリアの身体は更に痩せた。力加減を間違えると折れてしまいそうで、俺は優しくふんわりと、だがお互いの身体が密着するようにリアを抱く。この抱き方にも慣れて久しいが、少々物足りないのも事実だ。俺としては、以前のようにぎゅうぎゅう抱き締めても大丈夫なリアに、早く戻って欲しい。


 ベッドでリアと微睡んでいると、扉の向こうから控えめなノックの音が聞こえた。


「アーク様、お目覚めでしょうか。ミリアリア様のお支度をしに参りました」

「起きている、少し待て」


 いつもならリアの身支度は俺がするが、今日は特別な日だ。今日だけはわたくし達にと侍女達から頭を下げられ、俺は渋々譲った。リアが子どもの頃から仕えている侍女に涙目で訴えられては、断る事が出来なかった。俺が無理を通したのだから、協力してくれる者には多少の譲歩も必要だ。

 俺は後ろ髪を引かれる思いでリアから我が身を引き剥がし、扉を開けた。


 侍女達に部屋から追い出され、俺は食堂へと足を向ける。神殿の食堂では既に義父が朝食を取っていた。未だに神殿長の職を辞められない義父は、事あるごとに俺に愚痴を零す。なんとも頼りなく見えるが、神殿では一身に尊敬を集めているのだとこの8年で知った。神殿長であるのに一般神官と同じ物を食べている義父を、俺も見直している。


「おはようアーク、珍しいね。今日は食堂で食べるのかい?」


 俺はいつもはリアと二人、自室で食事を取っている。


「侍女にリアを取られてしまったので」

「ああ、皆張り切っていたからねぇ。今朝も来るのが早過ぎて、アークが起きる時間まで待ってもらっていたんだ」


 そんな事だろうと思った。アルカディア家の使用人達はリアを殊の外大切にしている。リアが俺と一緒に神殿で暮らすことに決まった時も、誰が付いてくるかで熾烈な争いが起こったものだ。


「今日は特別な日ですから。イザール義兄上はまだですか?」

「もう来てるよー」


 戸口に立ったイザールが、ヒラヒラと手を振った。


 今日はリアに掛けられた時間魔術を解除する日だ。

 8年前のあの日。リアは自分の首筋に描かれた魔法陣を展開し、自身を時間の流れから切り離した。そんな高度な魔法陣を描いたのはもちろんイザールで、リアに頼まれて組んだ当時最新の魔法陣らしい。


『リアには時間停止の魔法陣を頼まれたんだけどねー。腕輪に付与した魔法陣は、生物には使えなかったんだよ。人間の時間を長時間止めるのは悪影響がありそうだし、妥協して時間を引き延ばす魔法陣を創ったんだ』


 父親に性格の似たイザールは、のほほんとそんな事を言っていたが、いずれにしても天才の面目躍如と言うべき複雑高度な魔法陣だ。

 解除する日については慎重に検討を重ねられた。リアの身体の調子もだが、リアに封印された魔も、そのままでは不味いということになった。リアが封じた魔は恐ろしい量で、光魔法が使える者が何人も、毎日毎日浄化魔法を掛けても一向に減らなかった。イザールが開発した魔導具も使って、8年掛かってやっと、リアの光の薔薇が3分の1ほど虹色に戻ったのだ。


 まだ早い、せめて薔薇の色が半分戻ってから時間魔術を解除するべきだという声も多い。だが、俺はもう限界だ。これ以上リアと同じ時間を過ごせなかったら、リアの魔王化は防げても俺が魔王になりそうだ。

 そう切々と訴えたら、義父は顔を引き攣らせながら皆を説得してくれた。

 

 俺は味気ない朝食を食べ、自室に戻った。部屋に入れてもらえず廊下をウロウロしていると、ミモザ嬢がやって来て揶揄われる。神殿の孤児院で暮らしている彼女は、毎日リアに浄化魔法を掛けてくれる者の一人だ。

 ミモザ嬢はあっさり部屋に入れてもらえた。俺は納得出来なくて、彼女に続いて自室に入ろうとしたが再び阻止される。


「まだ会っちゃダメ!決まりだから!」

「そんなしきたりなど無い」

「向こうの世界の決まりなの!!」


 だったら仕方がない。手持ち無沙汰の俺は、神殿内を彷徨いては邪険にされた。今日は皆忙しい。分かってはいるのだが、この8年リアの世話ばかりしていたので、リアから離れると不安で途方に暮れてしまう。


 俺は早々と拝殿に入り、そこでもやる事がなくて隅でぼんやりと過ごした。


 やがて正午近くになり、リアが義父に連れて来られた。祭壇前に設えた長椅子に横たえられたリアは、白地にオレンジ色の刺繍が入ったドレスを着せられている。刺繍の模様には魔法陣が紛れていて、光属性を強化するという。拝殿のあちらこちらに同様の仕掛けがあり、辺りは光の魔力で満ちている。


 イザールが側に来て、俺に目で問うた。しっかりと頷いてみせる。

 リアの首筋の魔法陣にイザールが手を翳し、時間魔術が解除された。リアの時間が俺達と同じに戻ったはずだ。


「リア、聞こえるか?」


 俺の声に反応し、リアがゆっくりと目を開ける。8年振りにリアと目が合う。それだけで、嬉しくて涙が滲んでくる。


「リア、俺が判るか?」

「……アーク兄様……」


 リアの声は掠れていた。俺は堪え切れなくて、ボロボロと涙を溢しながらリアに抱きついた。


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