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聖女ミモザは偽者だった。本物の聖女はアルカディア公爵家の令嬢ミリアリアだったのだが、聖女の加護を独占しようとしたアルカディア公爵家によって隠匿されていた。アルカディア公爵は神殿長の地位を悪用し、偽聖女を立てて世間を欺いていた。神官長も手を貸し、アルカディア公爵家の一族は不当に利益を得ていた。
そのことに気付いた第4王子レグルスは、偽聖女に近づき、密かにアルカディア公爵家と聖女について探っていた。レグルス王子は学友であるバーナード公爵家三男リゲルと、ライラプス侯爵家次男シリウスに協力を要請し、3人はアルカディア公爵家の陰謀を明らかにし、本物の聖女ミリアリアを保護するために動いていた。
しかし聖女ミリアリアは魔を封印する儀式の最中、偽聖女ミモザに襲われた。最後の力を振り絞り、聖女ミリアリアは魔の封印に成功したが、命を落とす。レグルス王子達は偽聖女ミモザを討ち取り、聖女ミリアリアの無念を晴らすため、アルカディア公爵家と神殿に対して事実の公表と贖罪を求めている───。
王都の各所でばら撒かれた告発文を、俺は怒りに任せて握り潰した。
「何だこれは。自分達のした事を棚に上げて!」
「事実をちょっとずつ混ぜてあるのが、また巧妙だねぇ」
こんな事態にあってすら、のほほんと茶を飲んでいる父に、更に怒りが増した。
封印の儀式の日から一月近く経つ。レグルス王子達はこの間、自分達の捏造した英雄譚を社交界で広めていた。だが、我が家は筆頭公爵家として信頼を得ており、一族皆優秀で力もある。王家ですら簡単には手を出せないアルカディア一族と、表立って対立したがる貴族はいない。
レグルス王子達の思惑通りには、噂は浸透しなかった。焦ったレグルス王子達は、民衆を味方につけ、民意を盾に我が一族を糾弾することにしたようだ。
「父上!茶など飲んでいる場合ではありません!」
「大丈夫だよ〜。僕が動かなくても、我が家は皆優秀だから。ちゃんと対処してくれてるよ」
ズズズと茶を啜りながら茶菓子を勧めてくる父。家長がこんなだから、一族の皆が優秀にならざるを得なかったのではないか。
俺が憮然として茶菓子に齧り付いていると、支度を終えたミモザ嬢が部屋に入って来た。
「お待たせしました!」
「おお、似合うじゃないか」
「リアのための衣装を、他の者が着るなんて」
茶菓子を食べたばかりなのに、口の中が苦い。
ミモザ嬢が着ているのは、今日の新年祝賀会でリアが着るはずだったドレスだ。あまり華美なものを好まないリアの好みに合わせ、紺地に金銀の縁取りで上品な印象だ。
「まぁ良いじゃないか。リアは今日、着られないんだから。無駄にならなくて良かったよ」
言いながら父は、ベッドに横たわるリアに視線を向けた。
リアの身体が機能を停止してから1ヶ月。何ヶ所もの刺し傷は全て治され、身体に封印された魔を減らすために、父や従兄が毎日浄化魔法を掛けている。だが、リアの左手に巻き付いた薔薇は黒いままだ。
「ありがとうございます、神殿長様。アタシに機会をくださって」
ミモザ嬢は神妙な顔で、父に頭を下げた。
「これ位当然の事だよ。僕達は君に、出来る限りの便宜を図る義務がある。だけど、大丈夫なのかい?相手は腐っても王子だよ」
「レグルス達だけなら大丈夫です」
「そうか。安心しなさい、王家やバーナード、ライラプス両家とは話が着いているから」
父はにっこりと笑う。
「……恐っ、ミリアリアとそっくり」
「うん?何か言ったかい?」
「いいえ!ご配慮ありがとうございますっ!」
ミモザ嬢が再び頭を下げたところで、イザールが部屋を覗いた。
「そろそろ出撃する時間だよ」
「出撃ですか」
「悪者をやっつけに行くんだろう?」
俺はベッドサイドに跪き、リアの手を取りキスをした。リアの手は冷たいまま、温まらない。
「リア。お前の仇は取ってやるから安心して待っていろ」
ミモザ嬢が俺の隣に来て言う。
「ザマァはアタシに任せなさい!行くわよ、アーク!」
「その手は何だ。俺はリア以外のエスコートはしない」
「アンタってブレないわね」
わざとらしく溜め息を吐いてから、ミモザ嬢は差し出した手を拳にし、振り上げた。
「さあ、アイツ等をギャフンと言わせてやるわよ!!」




