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 転移先が階段の途中だったので、俺はもう少しで転げ落ちるところだった。だが階段はあと3段で終わりだったため、何とか踏み止まることが出来た。

 魔石には完成したばかりの転移魔法をイザールに付与させたのだが、転移出来る距離がまだ短いことを失念していた。リアの姿はここからでは見えないが、結界の内には入れたようなので良しとしよう。


 階段の先はポッカリと開いていて、その奥に広大な空間が広がっていた。想像と違って何もなく、ただ仄かに光る床と壁だけが存在している。天井は見えない。

 王城ですら入るのではと思える空間には、満杯に魔が留められていたはずだ。しかし今ここが空になっているということは、それらが全て、聖女という器に封じられたことを意味する。たった1人の少女にそれだけの穢れを押し付けるこの国の有りようは、本当に正しいのだろうか。地下空間の広さに圧倒されて、そんな事を考えた。


 それよりもリアだ。


 意識を現実に戻し、辺りを見回す。視界の隅で桃色が動き、驚いて目を向けた。あの髪色はミモザ嬢だ、だが封印の儀式が成功したなら彼女は殺されたはず。どうして生きている?それに傍らに転がっている人物は───。

 思い当たるより先に足が動いた。動悸が激しくなるのは走っているせいだ、そう思いたいが、俺が見間違えるはずがない。


「リア!」


 横たわる人影に動きはない。リアなら俺の声に応えてくれるはずだ、起き上がって可愛い声で俺の名を呼んでくれるはずだ、先程と同じように愛を告げてくれるはずだ、それなのに。

 駆け寄って抱き起こしても、リアはピクリとも動かなかった。


「リア、どうしたんだ。何があった?」


 呼び掛けてもリアは目を開けない。血の気のない顔には涙の流れた跡がある。誰がリアを泣かせた?涙の跡を拭おうとリアの頬を擦ると、赤い筋がつく。何だこれは。いつの間にか俺の手に、赤いモノがべったりと付いている。


「これは、血か?誰の……」


 考えたくない。

 死ぬのはミモザ嬢のはず。


「アーク、ミリアリアは───」


 ミモザ嬢が延ばした手を払い除けた。


「触るな!リアに触れて良いのは俺だけだ!」

「そんな事どうでもいいわよ!それよりどうなったの?レグルス達は!?」

「知るか!俺が聞きたい!何がどうなってるんだ、何故リアは目を覚まさない!」

「それは……アタシだって知らないわよ!アタシは殺されたはずなのよ、なのに痛みもない、一体どうなってんの!?」


 ミモザ嬢は予定通り殺されたのか、なのに今生きているのは。


「……リアが蘇生魔法を使ったのか?」

「えっ、蘇生魔法なんてあるの!?」


 ミモザ嬢が知らないのも無理はない、とっくの昔に失われた魔法だ。だが、リアは回復魔法が得意だ。当代随一の使い手と言ってもいい。リアならば幻の蘇生魔法が使えたとしても納得できる。


「そうか、リアは魔力枯渇で気を失っているだけなんだな」

「いや、それどう見ても死んで───脈を取ってみなさいよ!呼吸は、心臓の音は?現実逃避してないで確認しなさい!」

「リアは眠っているだけだ、俺を残して死ぬわけ……」

「しっかりしろ!!」


 バシンと両頬を叩かれた。痛みはないが、衝撃に涙が滲む。

 リアの身体からは濃い血の匂いがする。黒い騎士服には見た目に分かりづらいが、あちこちに破れがあり、その周りに染みがある。肌はいつもと手触りが違う。温もりが少しずつ失われている気がする。


「アンタがそんな調子でどうすんのよ!ミリアリアは頭良くて用意周到で強かよ!何か手を打っているはず、そうでしょ!普段と違う所はないか探しなさい!!」


 怒鳴られて、俺は抱き締めていたリアを膝の上に下ろす。すぐに見つかった。リアの首筋、襟で半分隠れているが、魔法陣が描かれている。


「これって何の?」

「分からない、初めて見る。だが兄なら知っているはずだ」


 俺はリアを抱き直し、立ち上がった。


「ミモザ嬢は自分で歩けるな?」

「……アンタって、ミリアリア以外には厳しいわよね」


 何を当たり前のことを言っているのだ。他人に施す優しさがあるのなら、全てリアに注ぐべきだ。特に女性に下手な対応をして、リアに誤解されたらどうするのだ。


 俺が無言で歩き出すと、ミモザ嬢もゆっくりとだが付いて来る。距離が開いてきた所で、ミモザ嬢に呼び掛けられた。


「ねえ!そのお兄さんって信用出来る人?」

「信用は出来ないが、リアに対する過保護さだけは信じられる」

「……そう。アンタと同類なのね」


 イザールと同類だと言われるのは心外だ。俺の方がリアを愛している。

 

「まぁ、そのお兄さんは大丈夫そうだけど。アタシ達の事を話す相手は信用出来る人を選んでね。でないとまた殺されそうだから」

「リアの安全が最優先だ」

「分かってるわよ!でもアタシとミリアリアは一蓮托生だから、アタシの安全はミリアリアの安全だと思っといて!」


 よく分からないが、取り敢えず今はリアの安全確保だ。俺はミモザ嬢に頷いて見せ、出口へと急いだ。


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