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 ここからは時間との勝負だ。


 魔の封印はかなり進み、霧はずいぶん薄くなっていた。だが所々にまだ黒い靄のような塊が漂っていて、視界を遮っている。それらを全て封印するまでは、レグルス王子達はここに留まるだろう。早く追い出さないと身動きが取れない。

 私は薔薇に祈りながら、光の魔力を強めた。虹色の輝きが強くなり、薔薇が魔を吸収するスピードが上がる。リゲルが感嘆の声を上げ、シリウスの目に畏怖が浮かんだ。レグルス王子は眉間にしわを寄せ、私を見下ろしながら何か考えているようだ。


 やがて黒い霧は無くなり、神殿の地下空間が露わになった。何もない、だだっ広い、魔を集めて封じておくためだけの空間。ここが一杯になり魔が溢れそうになると、異世界から聖女が召喚される。だから聖女が封印する魔の量はだいたい同じくらいになる。

 私の光の薔薇は虹色のままだ。ミモザちゃんが何割かの封印を担ってくれたおかげで、まだ余裕がある。

 

 ミモザちゃんが殺されてからここまで、体感で5分くらいだろうか。

 ミモザちゃんの背中には聖剣が刺さったまま、私の脇腹の鋏もそのままだ。おかげで出血量は多くない。ゲームのミリアリアは回復魔法が得意だったし、私も回復魔法に適性がある。傷口の修復は可能だが、さすがに失われた血液を創り出すことは出来ない。これ以上血を流さないようにしなくては。


 私はぐったりと横たわりながら、頭だけを働かせる。このまま3人が立ち去ってくれないだろうか。私はもう瀕死だ、とどめを刺さずとも放っておけば死ぬ。そう思ってくれないだろうか。


 だがレグルス王子はミモザちゃんから聖剣を抜き、私に切っ先を向けた。

 余計なことを。ミモザちゃんの傷口が広がるじゃないか。


 王子は聖剣を振り下ろす。だが、聖剣に付与されたミモザちゃんの光の魔力と、私の魔力が反発して弾かれる。その剣では私を傷つけられないと知らないのか、間抜けだな。私は心の内で嘲笑う。少しずつ魔の影響が出てきているのか、思考が暗くなりがちだ。


「聖剣では駄目なようですね」


 再び聖剣を振り被ったレグルス王子を、リゲルが押し留めた。王子は忌々し気に聖剣を放り投げ、唾を吐き捨てる。


「これなら刺さるんじゃない?」


 シリウスが私の脇腹から剪定鋏を引き抜き、今度は肩に突き立てた。また引き抜き、背中に突き立て、引き抜き、突き立てと、私をメッタ刺しにする。血が失われ、代わりにシリウスへの怨嗟が溜まってゆく。歴代の聖女達も、こんな気持ちだったのだろうか。初代の聖女が魔王になったのも当然だ、人間はこんなにも醜く身勝手で恩知らずだ、さっさと滅ぼすべきだ。


 鋏を振り回すうち、シリウスの息が上がってきた。


「もう良いんじゃないですか?さすがにもう死にますよ」


 残念だったな、私はお前達を滅ぼすまでは死なないさ。


「そうだね、じゃあ、これで終わりっと」


 とどめとばかりにシリウスが両手で鋏を持ち、私の胸をひと突きにする。晴れやかな顔で立ち上がる彼の衣服は、返り血でドロドロだ。憎い、ズタズタに切り刻んでやりたい、私の何倍もの苦痛を与えて殺してやりたい。


 リゲルがレグルス王子の投げ捨てた聖剣を拾いあげた。


「これは持ち帰りましょう。儀式が完了した証です」

「そうだな。戻ろう、こんな所に長居は無用だ」


 霧が晴れ、地上への出口が見えている。私達に背を向けて、3人が出口に向かって歩き出す。私はその背に攻撃魔法を叩き込もうと、両手の平を向けた。左手の薔薇が視界に入る。


 薔薇の虹色、そのオレンジ色が、私を正気に引き戻した。


 ありがとう、アーク兄様。兄様のお陰で、私はまだ聖女でいられる。

 アーク兄様の姿を思い出す。私に誉められて照れる兄様、私に冷たくされて拗ねる兄様、私を好きだと微笑む兄様。アーク兄様との思い出が、魔に引き寄せられる私の心を繋ぎ止める。

 私の魔力はミモザちゃんを蘇生するために使うのだ。攻撃魔法なんかに使う無駄な魔力はない。


 私はレグルス王子達が出ていくのを、拳を握りしめて待った。ミモザちゃんが死んで、かなりの時間が経っている。もう一刻の猶予もないが、王子達に気付かれ引き返して来られては元も子もない。チャンスは一度きりなのだ。


 やっと3人の気配が消えたのを確認し、私はミモザちゃんに這い寄った。


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