41
ミモザちゃんの蘇生は最終手段として想定していたが、考え得る最悪の事態だ。蘇生魔法は失われた魔法と言われていて、呪文も術式も残されておらず、最近の成功例ですら千年も前のこととされている。
そのため私は前世の記憶を活用することにした。失われた魔法を復活させるより、新しい魔法に賭けたのだ。正直自信がないが、蘇生を幾つかの段階に分けて、それぞれの成功率を上げるべく下準備をしてきた。それでも成功するかは五分五分と踏んでいる。
私はミモザちゃんに手が届く所まで這い進み、ミモザちゃんのドレスを捲り上げ太ももを剥き出しにした。元の聖女の衣装はガードルタイプの下着になっていたが、父にお願いしてペチコートに変えてもらったので素肌が見える。そこに描かれた魔法陣は、掠れもなく完璧な状態だ。
これならきちんと魔法陣として機能する。だがこんなにはっきり魔法陣が浮かび上がっているということは、ミモザちゃんの魔力が完全に失われているということだ。
魔法陣を描くのに使ったのはミモザちゃんの教本にラインを引いた、魔力を流している間だけ透明になるインク。生きているうちは常に身体の表面に一定の魔力が張り巡らされているので、インクは透明なまま、魔法陣の存在に気付かれることはない。
私は前もってミモザちゃんの身体中に、様々な魔法陣を描いていた。この2ヶ月、神殿に来るたびに追加していき、昨夜も最後の魔法陣を描き足した。太ももに描かれているのは回復魔法の効果を増幅する魔法陣だ。
私は右手を魔法陣に当て、ミモザちゃんの身体を修復する魔法を発動した。傷は背中側だけで、身体を貫いてはいない。回復魔法で背中の傷を塞ぐと、ミモザちゃんはただ穏やかに眠っているように見える。
傷口が完全に塞がったのを何度も確認し、私はミモザちゃんの姿勢を変えた。起き上がれず力も入らずで苦労したが、転がすようにして何とかミモザちゃんを仰向けにする。
次の魔法陣はミモザちゃんの胸に描いていた。私は自分の胸から剪定鋏を引き抜く。心臓は逸れているようだが、思ったよりも出血した。最低限の止血だけ自らに施し、急いでミモザちゃんのドレスの胸部を鋏で切って開く。
レグルス王子が女の子を背中から刺すような卑怯者で良かった。お陰で魔法陣が損なわれずに済んだ。何が幸いするか分からないものだ。
ミモザちゃんの胸の魔法陣は、イザール兄様が考えて構築してくれたものだ。私の光魔法を電気に変えるもの。太陽光発電をイメージしてイザール兄様に伝え、何度も試行錯誤して完成させた。私には理論の半分も理解出来ない複雑高度な魔法陣だ。チートな兄には感謝してもしきれない。
目指したのはAED(自動体外式除細動器)。ただ、時間がなくて試してはいないので、一発勝負だ。
私は魔法陣に手を翳すと、光の魔力を強めに流し込んだ。
バチッ!
音と共に身体に衝撃がくる。魔力を込めた右手が痺れ、焦げた臭いがする。ミモザちゃんの胸に覆い被さって耳を当てた。暫く待っても心臓の音は聞こえてこない。
もう一度だ。
バチッ!!
さっきよりも強く、光の魔力を込める。ミモザちゃんの身体が僅かに跳ねた。私はまたミモザちゃんの胸に耳を当てるが、心音は聞こえない。豊富な脂肪が邪魔をして聞こえない、わけじゃないよね。
もう一度。
私は何度も試み、失敗を繰り返した。次第に左手の薔薇の花弁が黒ずんできて、魔を抑える光の魔力が減っていると私に警告してくる。また沈みそうになる思考をアーク兄様を思い浮かべることで浮上させ、魔法陣に魔力を流す。失敗続きで泣きそうだ。
とうとう光の薔薇が漆黒に染まった。私は残り全てを込めるつもりで、魔法陣に魔力を叩き込む。
バチッ!!!
何度目か分からないが、ミモザちゃんの胸に顔を埋めた。変化はない───いや、微かにだが拍動が聞こえ始めた。最後の最後で成功した!
私は残った力を振り絞り、ミモザちゃんの右手に巻き付いたままの薔薇を切って落とした。そして搾りかすのような魔力を掻き集め、ミモザちゃんの腹部の魔法陣を起動する。弱々しいが浄化の魔法が展開した。これで少しでもミモザちゃんに封じられた魔を減らせれば、あとはミモザちゃんが強靭な精神力で魔王化を撥ね退けてくれるはずだ。
終わった。何とかなった。
私は地面に転がって息をつく。ポケットから物を取り出そうとして、手が震えているのに気が付いた。震える指先で摘むのは、オレンジ色の魔石が付いたイヤリング。昨夜部屋に戻って取ってきたのを、御守り代わりに持っていた。
私はアーク兄様がくれたイヤリングを、初めて身に着けた。兄様の色は私に似合うだろうか。女子力の低い私は鏡なんて持ち歩いていないから、確かめようがない。
「……兄様」
私が頑張れたのは兄様のおかげだ。
もう一度だけ、会いたかった。
「……アーク兄様……愛して…る……」
私は自分の首筋に手をやり、最後の魔法陣を起動した。




