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 アーク兄様から逃げた私は、ミモザちゃんと馬車に揺られていた。朝晩ミモザちゃんを送迎する神殿の馬車だ。聖女教育が待っているから神殿に帰らなければならないとミモザちゃんが言うので、便乗させてもらった。私も神殿長である父に話があったからだ。


「で、本当に妊娠してるの?」


 一息ついて、ミモザちゃんが話し掛けてきた。


「してないし、シてないから」

「なーんだ、つまんない。でもアークがあの調子なら、すぐに子どもが出来そうよね!」


 未来予想止めてよ、只でさえ噂が現実になりそうで怖いんだから!

 これ以上この話題は続けたくない。


「それよりミモザちゃん、なんで舞踏会に遅刻したの?」

「あ〜、それね〜……」


 言い渋っていたミモザちゃんだったが、進捗状況が知りたい私がしつこく尋ねると、渋々答えてくれた。


「レグルス様が迎えに来てくれるかと思ったのよ。だからギリギリまで待ってたら、遅れちゃって」


 ミモザちゃんのドレスは、やはりレグルス王子が用意してくれたらしい。ドレスを渡された時にレグルス王子から、このドレスを着た君を1番に見たいとかなんとか言われたらしく、それを迎えに来ると遠回しに言われたと解釈して待っていたのだそうだ。勘違いだったと笑っているが、ちょっとだけミモザちゃんが可哀想。


「おまけに走って会場に行ったから喉が乾いちゃって。着いて直ぐにジュースを飲もうとしたら、ドレスの裾を踏んづけてぶち撒けちゃうし。それがデネボラ様に掛かっちゃうし。あの日は散々だったわよ」


 レグルスルートの、デネボラ様にジュースを掛けるイベントも起こっていたようだ。しかも故意にではなく、ゲームと同じく不幸な偶然が重なったためらしい。


「怒られた?」

「全ッ然!デネボラ様もナントカスパイダーのドレス着てたんだけど、あのドレス水を弾くのよ。おかげで濡れなかったしドレスに染みもないからって、笑って許してくれたの。デネボラ様って優し過ぎ!」


 良かった、レインボースパイダーのドレスを流行らせて正解だった。

 学園の舞踏会で起こるイベントは、デネボラ様にジュースが掛かる、主人公がワインを掛けられる、主人公が池に突き落とされると液体に関するものが多かった。だから撥水効果のあるドレスを流行らせたいと、色々な素材を試していた。そこにレインボースパイダーが大量発生したとの情報が入り、私は小躍りした。あまりに高価で候補から外していたレインボースパイダーの糸を、大量に入手出来るチャンスが訪れたのだ。

 あとは狩って狩って狩りまくって、北の森林地帯のレインボースパイダーを殲滅し、手に入れた糸を市場にバラ撒くだけ。普段流通の少ないレインボースパイダーの糸が大量に出回り、少しだけ価格もお手頃になり、あっという間に今年の流行になったというわけだ。


「デネボラ様って完璧よね〜。美人で頭良くて優しくて、これぞ本物のご令嬢!って感じ」


 嫌味ではなく本心から、デネボラ様を誉めているように見える。さっき中庭でデネボラ様と話していた時も、ミモザちゃんにデネボラ様への敵愾心は感じられなかった。以前はデネボラ様を嫌がらせの犯人に仕立てようとしていたが、心境の変化があったのだろうか。


「そんな人の婚約者に近づいて、悪いと思わないの?」

「……アタシにも都合があるのよ」


 ミモザちゃんは私から視線を逸らす。

 ミモザちゃんの抱える都合とやらについては私も知っている。レグルスルートは一見幸せな結末が多いから、安全策を取っているつもりなのだろう。けれど深読みすれば、レグルスルートにミモザちゃんの未来はない。


「ミモザちゃん、アーク兄様にしなよ。その方が皆幸せだよ」

「はぁ?アンタそれ本気で言ってんの?」


 少なくとも誰も死なないよ。


「馬鹿じゃない?どう見てもアークはアンタにベタ惚れでしょ。アンタだってアークが好きなんじゃないの?」


 答えられない私に、ミモザちゃんはイライラと靴を鳴らす。


「アンタって何考えてるか全然わかんない!実の兄妹じゃないんでしょ?お互い好きあってんだから、さっさと結婚しなさいよ!」

「私にも都合があるのよ」

「そんなの知らないわよ!アタシは無駄なことはしない主義なの、だから負け戦に挑むつもりはないから!」


 ミモザちゃんは一方的に宣言すると、もう話すことはないとばかりに横を向く。窓枠に肘をつき、押し黙って窓の外を睨み付けるミモザちゃんは、もう私の話に耳を傾けてはくれないだろう。

 

 詰んだ。ミモザちゃんを大聖女ルートに乗せるのはもう無理だ。

 他にミモザちゃんを救う手立てはあるのだろうか。私は知らない。


 ミモザちゃんの横顔をボンヤリと視界に映しながら、私は途方に暮れた。


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