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私は未だ動けなかった。目の前で何が起こったのか理解できず、ただ兄様の背中を眺めている。
アーク兄様がまた杖を叩き付ける。ゴンッ、ゴンッと鈍い音が繰り返し、その度にテーブル上でネックレスのチェーンが跳ねる。
杖が再度振り上げられ、振り下ろされた。当たりどころが悪かったのか、片方のイヤリングが飛び、壁にぶつかって落ちる。
兄様が更に杖を振り上げ───。
「止めて!」
私は兄様の腕にしがみついた。
「危ないから離れていろ」
兄様の声は平坦だった。それなのに、今にも感情が溢れて爆発しそうなほど危うく聞こえた。
私はますます力を込めて、兄様にしがみついた。
「お願い止めて!なにも壊さなくても良いじゃない!」
「土台を外しているだけだ。リアは魔石だけなら受け取ってくれるだろう?」
兄様は、千切れたチェーンを床に放り、ネックレスのトップだけを私に差し出す。
これまでのアーク兄様からのプレゼントは、全て武器か魔石だった。我が家では誰が何を私にプレゼントするか、決められているからだ。両親が装飾品、長兄が魔具、次兄が服飾品、アーク兄様が武器か魔石。末っ子の一人娘である私に家族は甘く、プレゼントが被らないようにするためだ。
アーク兄様からの初めてのネックレスとイヤリング。本当に嬉しかった。思わず手に取ってしまいそうだった。でも、兄様の想いが込められ過ぎている。これほどあからさまな物を受け取ってしまったら、私はもう妹ではいられない。
「兄様、これは他の方に差し上げて」
「……まだプラチナがついているな」
兄様はテーブルに戻り、再び杖を振り上げた。
兄様の気持ちには気付いていた。あれだけはっきりと好意を示されて気付かないほど、私は鈍感じゃない。けれど気付かない振りをしていた。兄様が私に寄せてくれるのは純粋な家族愛だと、自分に言い聞かせてきた。そうしないと、私の気持ちを誤魔化せなくなる。それは駄目だ。
無表情に杖を振り下ろす兄様に、侍女達が怯えた目を向けている。誰一人動けず、部屋の反対側に固まり支えあって震えている。体格の良いアーク兄様の暴力行為は、そりゃあ怖いだろう。それが普通だ。
でも私は、こんな状況なのに兄様を怖いと思えなかった。むしろ兄様を抱き締めて叫びたかった。
私はアーク兄様が好きだ、大好きだ。愛していると。
自分が乙女ゲームの世界に転生したと気付いた時、私は絶望した。どうしてミリアリアなのかと。よりによって、アークの1番近くにいるのに決して結ばれることのない、妹のミリアリアになってしまったのかと。それほどに私は、前世でゲームをしていたころからずっと、アークだけが好きだった。
兄様がネックレスだった物を摘み上げる。土台のプラチナがひしゃげて出来た隙間に指先を入れ、力づくで魔石を外す。
とうとう裸になったオレンジ色の魔石が、また私に差し出された。あれだけ杖を叩き付けられたのに、魔石には傷一つついていない。これほど大きく鮮やかなオレンジ色の魔石を準備するのは、どんなにか大変だったことだろう。
爪が割れ、兄様の指先には血が滲んでいた。
「頼む、受け取ってくれ。リアが持っていてくれないと意味がない」
兄様の気持ちは受け入れられない。私の気持ちも渡せない。私達は実の兄妹なのだ。それに、もしも私達に血の繋がりがなくとも、私はアーク兄様と結ばれる訳にはいかない。けれど。
私を見つめる兄様は、捨てられたくないと親にしがみつく子どものように見えた。いつも姿勢の良い兄様が背中を丸めている。魔石を差し出す手が震えて、オレンジ色の光が瞬く。
私は床に落ちたネックレスのチェーンを拾った。
「──受け取るだけ。身に着けることは出来ない。それでも良い?」
「ああ、十分だ」
私は兄様の手から魔石を受け取った。兄様はそれは嬉しそうに笑った。一旦私から離れて、テーブルに残っていたイヤリングの片方と、壁際に落ちたもう一方を手に戻ってくる。
ネックレスと共にイヤリングも私の手に握らせ、その上から兄様が両手で包む。私の手のひらに、残っていたイヤリングの留具が食い込んだ。




