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 学園の舞踏会は、社交界が本格的なシーズンに入る前に行われる。学園行事とはいえ城の舞踏会の形式に則ったもので、デビュタント前の者には予行演習、社交界デビューした者にはシーズン前の肩慣らしのような位置付けになっている。

 もちろん舞踏会での生徒達の様子は教員達によって観察され、採点され、成績に反映される。そのため、同年代ばかりの気楽な催しという訳でもなく、一定の緊張感を孕んだイベントとなる。


 とはいえ舞踏会の華やかな雰囲気に浮かれ、毎年羽目を外してしまう者が出るのも事実だ。昨年は男爵家令息令嬢カップルがやらかした。ダンス中に他のカップルにぶつかって盛大に転んだうえ、男爵令嬢のドレスが捲れ上がり、かなり際どい部分まで脚が晒されてしまったのだ。あまりの恥ずかしさに、男爵令嬢がもうお嫁に行けないと泣き出したのだが、男爵令息がその場でプロポーズ。微笑ましい結果になって良かったが、いつもこんな平和なハプニングで終わるとは限らない。


 特に今年はミモザちゃんがいるのだ。

 

 このところ大人しくしているが、それは聖女教育で余裕がないからでしかない。しかも舞踏会といえば学園での一大行事だ。全生徒と全職員、応援に各家から人員が借り出されて、会場には大勢の人がひしめくことになる。注目を集めるのにこれほどうってつけな場もそうそう無い。

 ゲームでも各種イベントがあった事だし、何かが起こる、むしろ何かを起こす気でいるに違いない。


「何か考え事か?」


 私がゲームイベントと対応策を確認していると、支度を終えたらしいアーク兄様が部屋に入ってきた。燕尾服姿の兄様は、いつにも増してイケメンだ。レインボースパイダー生地のポケットチーフで、少しだけ崩した着こなしもお洒落だと思う。普段は直立不動の兄様だが、右手に持つ杖に少しだけ体重を預けた立ち姿も様になっている。

 私が見惚れていると、兄様は次第に頬を赤らめて横を向き、コホンと小さく咳を落とした。


「あー、リア、何か考え込んでいるようだったが」

「去年の舞踏会を思い出していただけよ」


 嘘ではない。私は心の中で言い訳した。


「あのプロポーズ、素敵だったよね」

「リアはあんな風にプロポーズされたいのか?」

「うーん、自分がされるとなると恥ずかしい」

「ではどんな風にプロポーズされたい?」

「私に聞いてどうするの」

「……参考までに……」


 どんなプロポーズがいいかなんて、人それぞれだ。私の理想のプロポーズが、相手によっては地雷だってこともある。


「大事な事なんだから、自分で考えなきゃダメよ」


 尤もらしいことを言って誤魔化した。


 私はまだ支度途中で、やっとドレスの着付けが済んだばかりだ。これから髪を整え、化粧をして、装飾品を身に着けるので、まだまだ時間が掛かる。だから先に舞踏会会場へ行くよう勧めたが、兄様は部屋の隅に置かれたテーブルに陣取ってしまった。私をエスコートしてくれるつもりらしい。

 お互いに婚約者が居ないので、私のエスコートはいつもアーク兄様がしてくれる。だが今日は学園の舞踏会なので、必ずしもエスコートが必要ではない。学園外に婚約者がいる生徒に配慮されているのだ。


 私は再三、先に会場へ向かうよう勧めたが、兄様は梃子でも動かなかった。侍女達の手で飾り立てられていくのをずっと兄様に見られるのは面映ゆい。目元も口元もヒクヒクする。化粧を施す侍女に顔の力を抜いてくれと言われるが、兄様の視線が気になって余計に強張ってしまう。


 普段より念入りな化粧が済むと、アーク兄様が立ち上がって近寄ってきた。どこに収めていたのか、兄様の手には長細い箱がある。


「これを身に着けてくれ」


 差し出しされ、そっと蓋を開けられた箱の中には、一揃いのネックレスとイヤリングが入っていた。プラチナにオレンジ色の宝玉が付いている。宝玉は魔石なのだろう、仄かに魔力が感じられる。

 私の目と同じ色なので、私が贈られる装飾品はプラチナ製の物が多い。そしてオレンジ色は───アーク兄様の髪の色だ。


「……兄様。これは受け取れません」


 私は箱の蓋を閉め、アーク兄様に押し戻した。


 自分の色を使った装飾品は、妻や婚約者や恋人などの特別な人へ贈るものだ。妹に贈るものではない。

 私はただの妹だ。それ以上であってはならない。どんなに仲が良くても、妹の枠を踏み越えてはならない。


 兄様はじっと手の中の箱を見つめていた。ピクリとも動かない。私も動けない。恐る恐る兄様の顔色を窺うが、表情が抜け落ちていて何も読み取れない。息をするのも憚られる。


 ───やっと兄様が動き出したのは、どれほど時間が経ってからだったか。


 アーク兄様は、先程まで陣取っていたテーブルに箱を置いた。中身を取り出し、テーブルに並べる。そして。


 手にした杖を、ネックレスに叩き付けた。


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