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 洞窟に入ると、外の暑さが嘘のようにヒンヤリとした空気が漂っていた。私が身震いすると、すぐにアーク兄様が気づいて自分のマントを外し、私に掛けてくれる。兄様の優しさは嬉しいが、私相手ではなくミモザちゃんに対して発揮してほしい。そんな思いを込めて見上げたが、アーク兄様には通じていないようで、ニコリと微笑んで頭をポンと撫でられた。

 

 兄様格好良い。アーク兄様はあまり他人に笑顔を見せないけれど、この顔を見れば皆アーク兄様に惚れるはず。

 しかしミモザちゃんは私達の前を歩いていて、兄様の素敵な笑顔に気づいていない。


 隊列はレグルス王子を先頭に、王子に張り付くようにしたミモザちゃん、私、アーク兄様の順だ。後ろから不意打ちを喰らうのが1番怖いから、というのがミモザちゃんの言い分だった。私は特に異論はなかったが、珍しくアーク兄様が反論していた。結局はミモザちゃんに押し切られたけれど、じきに兄様の意見を聞けば良かったのにと思うことになる。


 なにせ、前の2人がまるで戦えないのだ。


 ミモザちゃんが戦力外なのはしょうがない、でもレグルス王子までが役立たずとはどういうことだ。


 弱い、いくらなんでも弱すぎる!

 これでよく攻略パーティーに名乗りを上げられたな!


 そりゃあ常闇の祠は、本来ならもっと後に攻略する場所だし、聖剣もないしで戦力的に厳しいのはわかっていたけれど。ゲームではアークほどではなくともそこそこ剣が使えたレグルスが、現実で魔物を前にすると構えも満足にとれないのだ。

 剣術の授業では綺麗な剣さばきをみせていたから、剣の型は身についているのだろう。だが実戦となるとてんで駄目だ。

 

 そのせいで、魔物が出るたびに私とアーク兄様がダッシュで前に出て、戦うはめになった。特に殿を務めるアーク兄様の負担が重い。それなのに隊列はそのままが良いという戦力外の2人。アーク兄様の負担を考えろ!何も出来ないならしゃしゃり出てくるな!


「大人しく引っ込んでろ!」


 うっかり思考が漏れてしまったが、同時にビッグバットを一刀両断にしたから魔物への文句だと思われただろう。まさか王子への心の叫びだとは思うまい。

 

 隣ではアーク兄様が複数の魔物を屠ったところだった。無駄のない剣筋が美しい。思わず見惚れ、私の荒んだ心が落ち着きを取り戻す。


 いかん、私まで兄様に負担をかける訳にはいかない。

 平常心、平常心。


 常闇の祠までの洞窟はそう長くはない。出てくる魔物は強いが、兄様と私で何とか対処できる。ついて来て良かった。これ、私がいなかったらアーク兄様ひとりで魔物と戦わなきゃならないところだった。兄様は強いけど、万が一という事もある。もし兄様に何かあったら、私は……。


 不吉なことを考えそうになって、私は頭を強く振った。思考が暗くなるのはきっと、この暗闇のせいだ。


 常闇の祠はその名が示すとおり、常に闇に包まれている。闇の正体は聖女が封印する予定の魔が漏れ出したもので、この国には同じように魔が漏れ出す場所が数ヶ所ある。奥にある祠を取り巻く闇が流れ出て、この洞窟の中も真っ暗だ。もちろん光魔法で明かりを灯してはいるが、闇が光を吸って自分達の周りだけしか明かりが届かない。


 数歩先は漆黒の闇、こちらの視界はきかないうえに明かりという目印つき。おまけにこの洞窟の魔物は視覚以外が発達していて、先程のビッグバットのように超音波を使ったり、嗅覚や聴覚でこちらの位置を特定してくる。

 兄様のような達人なら視覚に頼らずとも敵の動きがわかるが、私はまだそこまでの域に達していない。視覚にあまり頼れない今、意識を集中しないと敵を見失いそうだ。ただでさえ大変な兄様の足を引っ張りたくない。


 私達は慎重に歩を進め、なんとか洞窟の最深部に辿り着いた。奥の壁に埋め込まれるようにして、小さな祠が建っている。目的地である常闇の祠だ。


 アーク兄様が、父から預かってきた鍵を取り出す。祠は神殿の管轄区域なので、鍵も神殿で管理されている。昨日の朝神殿に立ち寄って、神殿長である父から直接受け取った大切な鍵だ。

 兄様が鍵を開け、扉を押し開く。ギギギと軋みながら、金属製の扉がゆっくりと開かれる。


 祠の奥には石造りの祭壇があり、薔薇の蔦が幾重にも絡まっていた。花は見当たらないが幾つか蕾がついており、蕾の部分だけが淡く発光している。蔦や葉は普通の薔薇と変わらないので、暗闇の中に蕾だけが浮かんでいるように見えて不思議だ。


「兄様、これが光の薔薇で間違いないのよね」


 アーク兄様はコクリと頷いた。


「ああ。ミモザ嬢、蕾がついている部分を採取してくれ。1輪だけでいいが、蔦を含めて片腕分くらいの長さが必要だ」

「ええと、これくらいの長さでいいですか?」

「もう少し長めで頼む。長いぶんは後から切ればいいが、短過ぎるとまた採取にこなければならない」


 それは絶対に嫌だ。兄様も同じ思いなのだろう、かなりの余裕をもって切る長さを指定している。


 私達が絡まった蔦を解きながら、鋏を入れる箇所を吟味していると。

 1人離れて祠の戸口にいたレグルス王子が、押し殺した、けれど緊迫した声で囁いた。


「おい、外をみろ!魔物が集まってきている!」


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