12
レグルス王子とミモザちゃんは二人の世界に行ったきり帰ってこず、イチャイチャしながら居なくなってしまった。残されたアーク兄様が事情聴取を受けている間に、私は姿を消したまま、箱馬車を検分する。
何の変哲もない二頭立ての馬車で、中は空っぽ、御者台にも何も無い。さすがに証拠になりそうな物は残していないし、兄様が衛兵にしている話によると、誘拐犯達は全員逃げてしまったようだ。
兄は犯人を捕まえるよりもミモザちゃんを保護することを優先したのだろう。ミモザちゃんはもっとアーク兄様に感謝すべきだと思う。
衛兵達は事情聴取が終わると、兄に敬礼して散っていった。彼らに敬礼を返し、徴収された箱馬車を見送ってから、アーク兄様は呟いた。
「リア、居るよな?」
「なんでアーク兄様にはバレるかなぁ」
私は隠蔽魔法を解いて、兄様の前に姿を現す。気配遮断も重ねがけしていたのに、どうしてわかるんだ。
「ええと、匂い?」
「えっ、私そんなに臭う?」
私がショックを受けていると、優しい兄がすぐさま否定してくれた。
「いや、違う、そういう意味じゃなくて気配というか存在自体が輝いているからリアがいる場所は眩しく見えるというか、だいたいリアはものすごく良い匂いだ!」
「……うん、ありがとう?」
どう反応したらいいのか困る。
兄様はサッと顔を赤らめて、気まずげに視線を逸した。たぶん私の顔も赤くなっているだろう。
「そ、それより何故姿を消していたんだ?殿下を探すと言っていただろう」
話題を変えてくれたのは助かったが、そこもどう説明したらいいやら。私が答えあぐねていると、アーク兄様は不意に神妙な顔付きになり、オレンジ色の頭をガシガシとかいた。
「話しづらい事でもあったか?実はこっちでも不可解な事があってな……」
「何があったの?」
「さっきの、ミモザ嬢を攫っていた奴らの中にな……知り合いがいた気がしたんだ。覆面をしていたし、ハッキリと顔を見たわけじゃないんだが……あの剣の型は、正規兵が習うものだったし……」
兄の言葉は私に話しているというよりも独り言のようで、次第に小さくなって消えた。アーク兄様は気配を読むのが上手いので、本人に確信がなくとも兄の知り合いがいたのは確実だろう。
「誰だと思ったの?」
「……殿下付きの近衛騎士だ」
一瞬答えるか迷ってから、アーク兄様は教えてくれた。
思い出した。さっきレグルス王子を呼びにきた男、あれは偶に王城で見掛けるレグルス王子付きの近衛だ。道理で見覚えがあるはずだ。
これで誘拐がレグルス王子主導だという確証は得た。ただし証拠はないから、ミモザちゃんに話したところで信じてはもらえないだろう。アーク兄様が証言しても、レグルス王子が否定すればミモザちゃんは王子を信じるに違いない。悔しいが、今はまだどうしようもない。
「リア」
私が歯噛みしていると、アーク兄様に名前を呼ばれた。兄様は幼い子どもにするように、屈んで私と目線を合わせ、見つめてくる。今度は私が話す番だと。
何を、何処まで話せば良いだろうか。
そもそも今日の尾行だって、理由を聞かれたら答えられない。私は転生者だと誰にも話すつもりはないし、夢の御告げだの虫の報せだのと言ったところで怪訝に思われるだけだろう。
アーク兄様は話しにくいことも話してくれたのに。
ごめんなさい、兄様。
無言で俯いていると、兄様の大きくて温かい手が私の手を包んだ。
「話せる時でいい」
言葉少なに私を慰め、アーク兄様は私の手を引いた。
「帰るか」
幼子のように兄に手を引かれ、帰路につく。建国祭の浮かれた空気が遠ざかってゆく。
毎日鍛練を欠かさない兄の手は、何度もマメが出来ては潰れ、硬くささくれだっている。私をいつも守ってくれる、頼もしい兄様の手。私はこの手が大好きだ。
どうしてミモザちゃんは、この手を取ってくれないんだろう。




